Diaries 2001 May

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5月6日(日)

ミュージック・マガジンをパラパラめくってあらあら。
アルバム『東京ラブソング』を発売した会社HEATWAVEが3月31日をもち解散していた、、。

オーッ、知らんかったわ。
でもHEATWAVEより、コロムビアや日立のほうがたしか、、、?


5月8日(火)Live At 吉祥寺 曼荼羅

雨!雨!雨!
でもこの日のLiveは曼荼羅の中で太陽光り輝く、、、そんな気分、ボクは少なくとも。よかった。

曲順は「日曜日」「真っ赤なゼリー」「歩く男、朝陽を目指す。」「inoriuta」「虫のうた」「宇宙のハーモニー」「東京ラブソング」「名曲1」。

特に「虫にうた」以降、「宇宙〜」〜「東京〜」、このエンディングで完全に弾けてボクは宇宙と融けた。
そんで名曲1でヒート。その場・空気・ただひとつの宇宙でそれは有機的にゆらめいていた。
サンキューみんな、サンキュー宇宙。

初めて観たって人がかけてくれる声・声・声、、、。
「よかった」「また見たい」「かっこよかった」「感動した」、、。ありがとう。
ありがとう。もう何度か足を運んでくれてる人。嬉しい。また会いたい。

久し振りに会った、デザイナー/イラストレーター のARATA君(CD路上ライブやCDうたがすきのデザインをしてくれた)も来てくれた。

メンバーみんなもよかった 感謝。次へ続けよう。。

w/イノケン、古瀬陽子、中山八大

メンバー/奈良明雄bass,旧橋壮sax・flute,古田笑子drums,藤原豆子chorus


5月11日(金)

今度はインター降り口通り過ぎずに無事、前橋はclub FLEEZへ到着。「今日は間違えなかったねえ、、。」などと村田しげ(カメラマン)と笑いながら階段を上がる。
今日もここFLEEZでアンプラグド・パラダイス(アンパラ)へ出演する。

到着してすぐ用意。グリーン・リーブス・アパートメントのリハ終わってオレリハ。ミキサー氏とやはり『宇宙のハーモニー』のディレイをかけてもらう箇所を確認。してリハ後はこの日の出演者たちと談笑。

さて一発目はサコダケンジ。ポップな横ノリの弾き語り。いいかんじ。二発目はしんえもんもん改め”新井慎一"。前より一段と成長した歌いっぷりだ。

そんでオレ。曼荼羅のときもSEにしたスティールドラムのCD。SEっていうかま、これをBGにセッテイング。

そして幕が開く。挨拶。そんで1曲目「日曜日」。いつもここは反応があたたかい。
「僕らのしるし」そして「虫のうた」で、「宇宙のハーモニー」。後半盛り上がる。そして「東京ラブソング」はエンディング、ソウルフルに。
で、ハープとギター即興で「真っ赤なゼリー」盛り上がる。拍手も厚い。ラストしっとりと「inoriuta」。
いつもFLEEZのあたたかい拍手や声援には励まされる サンキュー。今回も来てよかった。

この間も今回も「宇宙のハーモニー」が好評。あと「inoriuta」も。今日は珍しく会えなかった人もいて残念だったけど、まあイイカンジで歌えた。村田もサンキューです。みんなもサンキュー。おかげでいい歌歌える。
サンキューな一日。

最後に熱演したグリーン・リーブス・アパートメントから教えられた前橋の安くうまいというイタリアンで村田とメシ。オレマルゲリータ。トマトとチーズのやつね。。


5月18日(金)

下北沢の自然食飲み屋"ぐ"で作家の荒井潤さん一家と待ち合わせ。

潤さんからのお誘いで山口県で行われるキララ博というイベントの一環の音楽劇に参加することになって、その説明をしてもらった。潤さん脚本。
「ハリキルハルクル」という歌とあとひとつ。
オレ匹夫(ヒップ)の奇兵隊の役。
明治維新と現代を交差させたドラマ。

この日"ぐ"にはボクの好きなアーチストのひとりスズキコージズキンの絵や切り絵なんかが所狭しと飾られていた。イベントがあるらしい。やはり素敵な絵だった。

あと、ちなみにキララ博については詳細決定しだい報告します。


5月24日(木) Live at ANGA with Mr.ミチロウ

オレ、リハ始まるって時ミチロウさん到着したもんでステージ上から挨拶、歌で。「虫のうた」。

リハ後、ミチロウさんと会話。共通の知り合いのこと、6〜7年前チッタでのリクオ企画でいっしょだったときのこと。
あん時は、あがた森魚さんやあと山崎まさよしシンガーもいっしょで彼はあのあとすごい売れちゃったねえとか。

秋田の(もともとは青森人だけど)山崎政広さん(CD屋とイベンター、通称 山ちゃん)が亡くなったんだと告げると声出して驚いて残念がっていた。
山ちゃんにはボクも世話んなったし年は離れてたけど友だちみたいでもあった。山ちゃんは東北にボクを呼んだりミチロウさんをも呼んだり、そのまた随分前には森田童子さんや下田逸郎さんというシンガーを呼んだりしていた、ホント音楽が好きなひと。でもきっと今も近くにいるような氣がする。

富士見町フォークジャンボリーと題されたこの日のイベント。
今日の一番手の女郎はサイケでかつ初期RCなムードもあるDUO。
ギターの彼はボクが11年前の路上ライブで配っていたテープを持ってるらしい。
ムードあるいいライブ。

2番手は普段はバンドだが今回は緊急のアコースティックDUOでライブ。

んでオレ。バハマのジュビリーソング・初期ゴスペルのコンピCDをSEにして挨拶。

1.「虫のうた」 2.「歩く男、朝陽を目指す。」 ライブ直前の思いつきで 3.「寒い朝」。ひとり即興して 4.「真っ赤なゼリー」へと続いて、5.「東京ラブソング」で盛り上がって、ラストはしっとりと 6.「inoriuta」

少しミスもあったが全体ハイテンションのソロアコ・ライブだった。前の席の女性とその子どものグループが反応がよかった。


ボクのあとはラストの出番の遠藤ミチロウさん。
一応説明すると伝説的パンクバンド"STALIN"のボーカリスト。
有名すぎるからいらない説明だったか。

以前会ったときより更に丁寧で優しい人でスターリンの音楽の過激さとにギャップ。
しかしステージは歌心が加わったひとりスターリン。
50の年齢は歌をさらに強くそしてしなやかにもしてそれでもパンクというパワフルで愛あるものにいている。"お母さん"カノン"ノッキン・ヘブンスドア"など。ハードコアフォークってカンジ。素敵だ。
アンコールの"ジャスト・ライク・ア・ボーイ"とドアーズのカバーもかっこよかったし美しかった。サイコーであった。

ライブ後、古くから知る甲田さんが来てくれてたんで会話。サンキューです。

20ぐらいの女の子が「かっこよかったです。」とCD「東京ラブソング」を買ってくれた。この日一枚しか持ってきていなかった。売り切れ。それは『東京ラブソング』自体が。
ま、あと一枚あるけど、それは自分においておく。あるライブハウスでCDがなくなるってこともあったしね。

そしてミチローファンの親子3人が、とてもよかったのでとCD「ライブな日々」を買ってくれてサインもさせてもらった。はじめは「東京ラブソング」をと言われたが売り切れてしまったと詫びる。
正確にはあと一枚あるんだけど、あとは店頭在庫ですと言う。 この家族の母親がスターリンからのファンという。
で、今日はじめてナラを聴いて感動したって言ってくれた。東京のライブにも行きたいって言ってくれる。ありがたい。

さあ、帰りだ。まずミチローさんの友人のカメラマンの稲葉さんが好意でボクとミチローさんとぼくたちの楽器を千葉駅まで運んでくれた。感謝である。そしてボクとミチローさんは帰りを共にした。
調度、各駅しかなかったのでお茶の水までそれで。つまり長い時間をゆっくりと、時々沈黙をも挟みながら各駅の電車に揺られたわけだ。

ミチローさんは永遠のパンク&文学青年といったかんじ。よく読むのは歴史本らしい。マルクスあたりをいつも手にしてるような印象だと言うと笑って「やあ、そうでもないよ、、江戸時代のSEXとか風俗をも含む、とにかくいつのってワケではなく歴史の本。でもマルクスも含みますけど、、。」と低姿勢になったり。

あとは小泉政権のこと、共通の知人ディレクター、山ちゃん、青森のイベント、だびよん、HONZIさんが浅野温子に似てたとミチローさんが言うんで、それはどうかとボク。
あと、電車で移動の時にギター2本と大きな機材カバンをどこにどう置くか。それはナラと同じだったな。この電車の中での楽器がね、大変なんだ。迷惑かけるし。ま、そんな話ししつつ、たっぷりと。

よき一日。またひとつ思い出、かな。スターリン聴いてたしね。その遠藤ミチロウさんとこうして一緒にライブして一緒に電車で帰って話して、、なんてねえ。思ってなかったよ。聴いてたころ。わかんないもんだ。歌い続けてると、いろいろあるね。


5月26日(土)

渋谷のオンエアビルの7Fの7th FLOORへ。

長いつきあい、ていうかまあよく知るバンドの800ランプのライブ。
ドラムの哲君よりの招待。ありがたい。

久し振りに会う彼ら、「ああ、ホント久し振りだったんだなあ、、」って思ったり「いやでも変わらずいいねえ」って思ったり。オグラ君も相変わらずあついし。
渋谷でけんかしてなぐられたっていう歌が懐かしい。

この日は全曲演奏シリーズ4回目。
ゲストに宍戸留美さんという元アイドルの女性も。
イイカンジでラストまで。おつかれさまでした。
いいライブだった。