Diaries '99 July

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7月4日(日)

代々木公園を散歩。ここはやたらと広〜い公園。そんでそこいら中を動き回る空。あちらこちらから音。それがする方へゆらゆらと、、。ジンベの音、旧ホコテンの歩道で演奏してるバンド、そして何やらテクノふうの音。音に近付いてゆくと、公園の一角に群衆。長髪のDJがターンテーブルでハウスミュージックをプレイしていてそれに向かい合い、そしてそれを囲むようにして20〜30代後半ぐらいの男女が踊っている。大抵はのんびりと会話したりしながらのニョロニョロダンスだが、数人はスピーカーの真ん前で半ばトランスの勢い、没頭している。

ちょっとしたフリーマーケットの雰囲気(実際先程までこの近くでフリーマーケットをしていたらしい)にお香の匂い。西洋人も多く、ヒッピーな感じの人も数人。子連れも踊ってる。ヘエーである。知らなかった。
いつの間にかこんなシーンもあったのかと暫し見物。近頃雨続きだったがこの日は青空クラブって趣か。
そういや、吉祥寺の井の頭公園も70年代にスリップしたみたいなヒッピーな光景が日曜に繰り広げられていたが、こっちはやはり原宿青山の近場ってことでこの雰囲気ってわけか。面白いねえ。

そこから又しばらくゆくと、今度は12〜3人のパーカッション集団が公開練習兼パフォーマンス。つい合わせて歌いたくなる。
又しばらくゆくと、なんか見覚えのある風景。そこは一度企画で、天然ビートで演奏した道の近くだった。

屋台でジュースを買った。ホコテンがまだあった頃はそこいら中がバンドとそのファンと観光客でごったがえしていたが、それに較べれば随分静かになった。もう随分前にはイラン人強制排除事件ってひどいこともあったなあ。

今度はハードコアを大音量でプレイするDJにあわせてスケボーやってる奴ら、その近くでラジカセのロカビリーにあわせて腰をくねらせる5〜6人のリーゼント皮ジャン族、黒ずくめにケバイメイクで会合してるビジュアル系好き少女達。それらを横目に原宿側公園出口より吐き出されるように僕は公園の外へと出た。

近くにあるオーガニックレストランで食事。改装してメニューに変更あったのか、肉魚料理が多い。菜食だと言うと、同じ経営のすぐ隣りの部屋のレストランにはあると言うので、両方の品を混ぜて注文したいと告げる。
不都合そうな顔をしている。そこでひらめく。その建物の入り口のとこにオープンテラスが設けられているのでそこなら両方の品を食べてもOKだろうと言うとOK。で、外のテラスで食すことに。

中は禁煙、外はそうじゃないので煙苦手なボクはいつもは中で食べていたが、幸いなことにいまは誰もいない、ゆっくり食べ始めた。

と、そこへ入ってきたデカイ犬連れの男性。動物は中ダメっていうんで僕から少し離れたところに坐った。犬好きな僕はその犬の名と種類を聞く。メジャーないわゆるレトリバーやシープドドッグではなく、なんつったっけな、
ナントカって種類のやたらでかくて可愛い犬。

食べ終わる頃、隣りの席に来たお客がタバコに火を点けたんで席を離れてその犬とその飼い主に近付く。飼い主の男性となんとなく話していると、その人オレの頭上10cm程の空中を睨む。ああ、この人オレのオーラを観ているとわかる。ってのもオレ今まで何度かこうゆう人に会ったことがあって。一時オレも人のオーラを見ておもしろがってたがオレはただ見るだけだし、別にこれって誰でも簡単に見えちゃうもの。
 
 だけどこうゆう人達って、オーラ見てその相手自身を読むっていうか、まあリーディングってやつね。たまにいるんだ、こうゆう人。Sさんという知られた絵描きの奥さんもそうだったし、、。
まあこうゆうことに対してオレ別に懐疑的じゃあないし鵜呑みもしないけど、受け手がそれが自分に役立つかどうかで判断すりゃあいいこと。
でもなあ、オレの変なとこ観ないでくれよ 読まないでくれよってなんか、ちょっと引いてしまう。いろいろなコトを指摘したり忠告したり。だが押しつけがましくないし、ここはちょっと聞いておこうって黙って聞いていた。会ったばかりだが初めてのような気がしないのは、その人がそうゆう人なんかオレが警戒心ないのか。
まあとにかく会ったばかりなのにDEEPな内容の話しをして盛り上がる。
なんかね、なかなか的確な事を言うので面白かったよ。

その人が何者なのか、名を明かさなかったがデカイ犬の飼い主であることは確かで、どうも芸術関係の人のようだった。
僕は時々、こうゆうような人に出会う。そんで大抵の場合その出逢う人はその時必要なこと・ヒントや何か適確な言葉を僕に運んでくれる人だったりする。
や、なんか係わり合う人っていうか いろんな出会いって何かみんな、突然のプレゼントみたいにして現れているなそういえば。

家に帰り、久し振りにニックケイブの昔のバンド「BIRTHDAYPARTY」を聴いた。


7月6日(火)

いやあ〜買ってしまったよ。「アタリ・ティーンエイジ・ライオット」のNEWアルバム。ドイツのデジタル・ハードコアバンドなんだけどこれがウルセー。ヤカマシー ムチャクチャ。それでカッコイイんだ又むちゃくちゃ。

ナラカズヲの「真っ赤なゼリー」をオン・エアしてくれているインターFMの「ChannelG」を聴いてると、この人達の「REVOLUTION ACTION」がよくかかる。初め聴いた時は正直イヤだった。ちょっとウルサ過ぎ!
、、でもねえ、何か引っかった。何かスゲー。

音はデジタル・ハードコアってことだけど、そんじょそこらのハードコアが束になっても吹っ飛ばしちゃう勢いの喧しさ。先っきからウルセーウルセーって言ってるけど、このバンドかなり高度だ。
ま、高度ってゆうと何だけど、それに硬度の方も速度の方もスゲー。超ウルトラ・ハイパー・ノイズビートの嵐。それでいて無駄を感じない上、変な狙いも感じない。
これだけのノイズを構築するというか、感覚でキャンバスに投げ放ちその間隔を極惡なる美で埋め尽くしてるというかその音が、こんだけひどい音楽なんだけど、こんだけスゲー音楽になってる。

この騒音、ひっちゃかめっちゃかで性急なビートと、暴力的で悲痛でひたむきで革命的で野蛮で真摯な叫びをこのPOPな(多くの人にはPOPじゃないだろうけど〜)ノイズ・ミュージックにしているのはこれ見事美事。
大体にして理屈じゃあなく聴いてくうちに気に入っちゃったんだこれが。しょうがないよね。
だけど言っとくけど、ハッキリ言って誰にも薦めない。ナラの歌を気に入ってる人にも、別に薦めません。冗談じゃありません ほんと。絶対薦めない。ホントうるさいんだから。でもオレは好き。

ところで歌詞みたら、予想以上にラジカルだった。反体制、反ネオナチ、反政府。「ChannelG」でDJ/選曲をやってるマイクに聞いたところ、ここのリーダーのアレック・エンパイアはドイツでのライブ会場で、「クーデターを起こせ!」などと息まき集まった10代中心のファンも興奮状態になり、その場で当局に逮捕されてしまったっていう。
でもまあ、彼は売れっ子ミュージシャン お金持ち、すぐ釈放。日本にも近く来るらしい。

この前まで創作期ガンガンで他人の音はあんまり聴いてなかったし、
今もそんな感じでもあるんだけど、このアタリは当たり。
でも別に、オレがアタリのような音をやろうって気はさらさら無いし、歌詞のメッセージに共鳴する部分もあれど されどってカンジ。ただ自身とどっぷり向かい合った純粋な澱みない表現がボクを突き刺したのか。

アタリの歌詞が反政府って書いたけど、結局このバンドは自分にあるいは真実にしっかり向き合えってことが根底にあるんじゃないか。安易なラブ&ピースも否定するってことだし。

確かにただなんとなくの平和や、仮に憲法が平和をうたってても政府や国民がそうじゃなかったら、あるいはココロがそうじゃなかったら、、。中身がそうじゃなかったら結局カタチだけ。
つうても、ひとりひとりが真剣に真実に向かってラブ&ピースに歩みをすすめられる世の中だったらいいと、ボクは思うけど。
でも、ひとりひとりが変わんなきゃ形だけ取り繕った世の中でもしょうがないとも思う。
 
 個人個人がホントに真実を生きようとすることからしか何にも始まらない。

それにしても、人間には皆、身体の死が平等に訪れるが、それを知っておられるのだろうかあの政治家の方々は。
そんなに私利私欲に走っても、あるいはごまかし無理やり事を進めたり、いや退行させても、死んであの世へ地位とか金とか持ち込めるって思ってんのかしらん?そして来世は因果応報、、ってこと別に言わんでも別に来世がなかったとしても、虚しさで胸は痛まないものかね。

音楽っていいよ。純粋に音出す勝負よ。いや そりゃさ、いろんな考えが頭の中で揺れたりするけどね、いい音ってそれだと出ないから結局雑念捨てて取り組むしかないもんね。

言ったら何だけど、総理が誰で政府がドコって知っててもそれをホントに認めてる・RESPECTしてるって人は国の何割なのか。
とにかくそんな中身はどうでもよくて政治家のおっさん達は私利私欲のために権力を乱用すんのか。なんていうか、それでシアワセなんかな。
まあ、その辺はヒトのことだけどね。ロックンロールでもジャズでも絵画でもやったらいいさね。

もうねピュアなホンモノだけが残ってゆく時代が音楽に来つつあるって言われ始めてて、すると人の意識ももっとそうなるから、ホントにそうなったら面白い時代だよね。

話しは逸れまくった。何しろ最近はハース・マルティネス、アビー・リンカーン、、、って渋い音ばかり聴いてたが、アタリ・ティーンエイジ・ライオットとても新鮮にボクに響いた。なんで好きなんかわからんが、気に入っちゃったんだね。
だけどね、しつこいようだけど、誰にも薦めないです。あとこれ うるさすぎるからかほとんどオン・エアされません。聴きたい人は買うしかないかも。
して、これスゴイ売れてるらしいんです。みんな耳どうなってんだ!?


7月17日(土)

千葉にあるANGAというライブハウスでライブ。'70s風の店構えのなかなか雰囲気のあるハコ。初めての場所で様子を伺ってるようだったお客さんも徐々にイイカンジに静かに盛り上がっていった。
中に酔っ払って喋ってる人もいて、そうゆう人たちもが耳を傾けてくれるといいなと思いつつ歌ったが、あまりその人らには届かなかったようだった。でも他の真剣に聴いてくれてるお客さん達はより厚い拍手をしてくれた。
ただ、その酔った人達も「真っ赤なゼリー」と「虫のうた」には反応してくれた。今度はスローな曲もきっちり聴いてほしいもんだ。

終演後ゆっくりくつろいでたら、(そういや、ここは千葉だったなあ)と思い出す。店のスタッフに聞くとかなり時間的にヤバそう。
ギター2本に売り用のCD・ちらしetc、、これらをかついでは急ぎようにも急ぎようがなく、ただひたすら千葉駅に向かう。

かなりのエネルギーを消耗して駅に着き、駅員やそこいらの人に聞きながら一番早くより僕の住みかに近い場所まで帰れる乗り継ぎ方法で ただとりあえず世田谷方面へ、、って三鷹行きだけど。途中の代々木で降りたほうが近いかとも思ったがなんとなく足が動かず。am1:00新宿駅到着。で、あとはタクシーだ。西口のタクシー乗り場から。
停まってたタクシーの後ろに荷物を詰め込んだとき運転手さんの話すイントネーションに懐かしい響きを聞く。尋ねると北海道の人だという。
ボクは青森出身だけど、北海道も場所によって青森と殆ど同じ訛りだったりする。

タクシーの中で方言での会話が始まった。

「荷物が多いねえ。ミュージシャンですか?オジサンもねえ(60ぐらいであろう)、昔ミュージシャンの友だちがいたけどマリファナに走ってねえ、、外国いったっきり帰ってこないよ、、。」

なんて話しを聞いたりボクも聞かれて答えたり。
運転手さんの名前は亀澤さんといったはず。初めは北海道でイカ釣り漁船に乗っていたが、20年前ぐらいに東京でこの仕事をするようになったとか。「でもこれは賭けだけど」って前置きして、この2〜3年の間に古くなった大きい船を買って北海道へ持っていってそこで飲み食いできてダンスできて演奏も可能っていう店を開きたいたいのだと云う。
そこで歌ってくれと僕に言う。ギャラの話までボクにする。
CDも今度、レコード屋で買うよなんて言ってくれるのでチラシを渡す。そうこうしてるうちにボクんちに到着。CD一枚分ぐらいの運賃。又の再会を口にして別れた。

まあこうゆう、何かわからないけど、ちょっとした会話・出逢いみたいなもの、こうゆうの嫌いじゃない。こうゆうこともあるから電車に乗り遅れるってのもたまには悪くないかも。たまにはね。


7月19日(月)

ボクもよく出てる高円寺のライブハウス「ShowBoat」へ。
5月のイベントで知り合ったSAX奏者の率いるBAND「KILLING FLOOR」を観るためだ。
ツインSAX(一人は時にフルート)、ツインドラム、トランペット、スティックベースという編成。
CD発売記念ということで、ゲストに数曲でパーカッションも入った。

かっこよかったね。ボクも好きな「DUB」やローランド・カークを思い出した。といっても真似っていうわけじゃあないよ。
ハードJazzFunk、時にPUNK、サイケデリック。カッチョエエ。ペットがトンデた。SAXはしゃべってたり泣いたり笑ったり。スティックもイイ意味で下品ってゆうかイッテる。
リズムのズレも途中あったりしたが、そんなの屁でもねえって突っ走るバンドは細かいそうゆうことを補い余るカッコヨサ。
YEAH!イエイ!いえー!終演後いっしょに演ろうって話したよ。彼らもジャンルの垣根なんか元々存在しないし「やろう」って言う。
ゲスト・パーカッショニストのアフリカ系のワッシーを紹介される。
ジョークのつもりで、「ブリス・ワッシーみたいな名前だね。」って言ったらブリス・ワッシーの弟だという。

ブリス・ワッシーという人は有名なドラマー&パーカッショニスト、西アフリカのマリ出身のスケールの大きい歌手で僕も好きでレコードを持っているサリフ・ケイタのバックで叩いている。
レコードはほとんど持ってるしライブも行ったことがあるって言うと嬉しそうに笑ってアルバムの名前を挙げてゆく。
ボクもそれを手伝い、好きな曲のタイトルを言う。何で日本にいるのか聞くと三味線を学びに来日しているって言う。
意外な出会いだった。

まあ何しろ、前からホーンセクションと演ってみたいって思ってたので、ぜひとも実現させたい。メンバーもナイスガイばっかりだしね。レコーディングもしたいなあ。

急告!!求ム、スポンサー及び会社、、とにかく僕作品作りたい!!
どうぞヨロシクです。


7月23日(金) 其の壱

渋谷の駅に着いた。井の頭線の駅の階段を降りて渋谷の交差点で信号が赤から青に変わるのを待つ。
ぬるく、ほんの少し燃え立つ真夏の夜の街の空気が僕を包む。

僕も渋谷の街並みも、なんか一つの鍋の中で弱火で煮られていて、だから廻りのあらゆる物たちが同じ温度でユラユラ揺らめいてるカンジがする、そんな感じ。
ミニチュアおもちゃをデカくしたような 立ち並ぶビルデイング達が現実感に欠けるのも相変わらずだが、それなのにも関わらず妙に、命を持つ者達のように微かな熱を放射し続ける街並み。久し振りに味わうこのカンジ。
ただ夏の夜に渋谷へ来たからってこのカンジは味わえるものじゃない。
片手にギターケース、そしてこれから路上で歌う・・という何か、トキメキ感というかドキドキというか目的のようなものーーーそれが僕と街との関係を微妙なものにする。

2年前、ジャンベの荷野と絵描きの常との3人で、吉祥寺の路上で演奏&ライブ・ペインティングをやったことがある。でもその時はこのカンジには出会えなかった。あれは誘われ付き合って歌った感じだったからか、
寒い冬間近だったからか。あの時は不完全燃焼だった。

でも今夜は僕の意志で、たった一人で誰とも一緒じゃないし聴いてくれる人はいるかどうかわからない、でもOK 僕は歌うーそういう気分(おまけに最近の僕はちょっと違う)。初めて路上で演った時のよう。
路上ライブ再び、、こうゆう再開が合ってるね。

渋谷で歌うのは5年振りぐらいだろう。'88年4月1日から4年半か5年弱続けた渋谷公園通りでの路上ライブ。僕が始めた当時はこの辺りで歌ってんのは他にいなかった。
僕より先にSAXの三四郎さんが西武A館とB館の間で演奏していた。
道で歌ったら面白そうだなと路上ライブを始めようとしてた時に三四郎さんと出会った。

僕とは、音楽性もスタンスも違ってただろうが僕には面白い出会いだった 。彼はSAXで、道行く恋人たちに心地よさを路上で提供していた。
僕はといえば、普段何気なく通り過ぎる景色の中で歌うことにより景色が変わるってゆうか、景色そのものが歌・ライブの一部になってゆく感覚を味わったり味わおうとしたり、様々なことをダイレクトに伝えようとしたり、とにかくそれは心地よさというよりか違和感のようなものをブチ撒ける感じに近かったかな。

ところで、僕が始めてから2年後には路上ミュージシャンが急増した。ちょっとしたブームに近かった。僕もTVや雑誌で随分取り上げられた。今はブームというか、路上ライブは当たり前なコトになったようだが、、。

この公園通り、金曜日は激戦区だとのことを路上で歌う準備をしている二人組に聞いた。あそこには誰々、あっちはドコソコ。しかも西武のA館B館の間ではフルセット持ち込みのバンドが大音量で演奏しているとのこと。互いにチラシ交換して別れる。

ちょっと歩くと丸井ヤング館が閉店の時間のようだ。
ちょうどいい、例の大音量バンドもこのくらい離れてりゃ大丈夫だろう。
丸井の店員さん達がゾクゾクと通用口から出てゆくのをチラリ横目にギターをケースから出し、CDを並べチラシを並べたりして、用意完了。真ん前では殆ど白髪に近い金髪ロンゲ顔黒の男三人組がナンパしているので「歌うね」と告げる。

♪夕焼け空に刺さる東京タワーは、、と歌いだす。
ナンパ3人組も女の子達も立ち去る。一緒にか別々にか、は知らない。
とにかく、CDのように囁くような歌い方は出来ない。
クルマが行き交い、携帯でしゃべてる人たちや、そこいらでナンパしてる連中がいる中だ。抑揚をつけながらも、地声でストレートに歌いギターをストロークする。
歌い出したらあとは自分の歌とギターに身を任せるのみ。コトバが空中に放たれる。久し振りのこのカンジ。
歌い出してまもなく、西洋人らしきカップルがガードレールにもたれ聴き出した。
しばらくするとノリのいい20代前半らしき男が立ち停まり、やがて僕の横に座り込む。今日の「東京ラブソング」は、少しハネのあるリズムになっている。路上バージョンだ。

歌い終わり、拍手をもらいすぐに「真っ赤なゼリー」。
サングラスして自転車に乗った男が一度目の前を通り過ぎてから又戻って、自転車から降りて僕を凝視しだす。
「ゼリー」を歌い終えると並べてあるCDのことを聞いてくる、座り込んだ男 。「すぐそばのタワーやHMVでも売ってるがここでも売るよ、近くに警察がいなかったらね。」と僕。財布から三千円出す彼。60円のおつり。ということで、彼はCDを買ってくれた。

「虫のうた」ハーモニカが口から遠くなってしまって、うまく吹けなかったが段々ノッてくる。「砂漠の中のくじら」。ニコニコしながら現れたオジサンが歌にあわせて身体を揺らす。
「僕らの日々」「日曜日」「キスしたい'99」と続けたところで例の大音量のバンドがホントに大音量で演奏し始めた。
何もここまで、、という程の音だ。この状態で続けるのは無理がある。
これじゃあスローなバラードのような歌だと完全にかき消されてしまう。

これは仕方ない、と、片付けて次の場所を探すことにする。


7月23日(金) 其の弐

次の歌い場所を探しつつ公園通りを渋谷公会堂方面へ上ってくと、この辺りの事情を教えてくれた二人組がSEEDの前で歌っている。

それをすぐ近くのバス停の辺りから腕を組んで眺めているヒト、見覚えあるやんって思ったら加奈崎芳太郎さんだ(この前まで一緒に関西でライブしたりした。ちなみに古井戸というバンドで歌っていた、.)。
加奈崎さん。「ナンダ!?どーしているんだよ!?」ってご挨拶なあ。

「そこで歌ってきて又どっかで歌おうかと思って、、いやソッチこそ、、」ってオレ。

「いやほら、イソザキんとこのよー、ゴ、ゴメGOMES THE HITMANっつったけ?あれをよう、そこの屋根裏で観てきたんだよ。」

そうそう、共通の知るディレクター&プロデューサー(加奈崎さんのこの前のアルバムや天然ビートのデモ、そしてボクをこの前のCDのレーベルに紹介してくれてCD「東京ラブソング」の出るキッカケになった)の男が最近GOMES THE HITANというネオアコバンドを手掛けて今日がそこのライブだったんだ。

僕も招待戴いてたが自分が歌いたかったんで行かなかったんだ。しかしねえ、すごいタイミングで会うもんだ。ちょうど、ある人からの伝言を預かってたんでよかったよかった。って伝言を告げて、加奈崎さんと別れて又公園通りを上る。


7月23日(金) 其の参

PARCOpart1。今話題のヴィンセント・ギャロの特大パネルがビルの壁にへばり着いて街を見下ろしている。
その下 PARCOの入り口んとこでは、明日のイベントの用意なのだろう。
サイケな彩りのフォルクス・ワーゲンが2台トラックから降ろされて、辺りは飾り付けされてライティングのチェックをしているところだ。
その脇を通り抜けその先へと急ぐ。
僕が'88年から数年歌い続けた場所、PARCOpart2の真ん前の歩道に出た。通りは薄暗かった。もう夜の10時を廻ってるらしい。
というのは、僕がここで歌ってる時PARCOの明りが消えて通りが薄暗くなる瞬間があった。それは夜の10時の合図を表していたからだ。

'88年4月1日初めてここいらで歌った時は大抵どこで歌っても警察かガードマンがやってきてSTOPがかかった。そんで流れ流れてここパート2の前で歌いだしたら、誰も文句も言わず、しかも反応があったんでここで歌い続けた、、
でもここはもともと少しはずれにあって、歌ったりするには割りに静かでいいものの人通りはそれ程多いとも言えず〜ってのを歌いながら思い出す。実際歌ってても少し通りが寂しい感じがした。

いやね、ヒトは通るよ確かに。でもさっきまでのトコと比べて、もう帰るだけの人ってゆうか、携帯で喋りながらツカツカって足早なんだ。近くの呼び込みのネーチャンとオレと二人だけって時が長かったりしてね。数曲歌って片付けた。まあ時間帯ってのもあるかもね。オレ、シャツ、ビショビショ。ギター、汗、ダラダラ。デモ、ナンカ、キモチイー。

道で、持ってきた赤いTシャツに着替えた。前歌ってた時は携帯電話持って話しながら歩いてる人なんていなかったなあ、などと今さらのことを思いながらセンター街を歩いていると、HMVの隣りの靴屋のシャッターがココダココダって手招きしてる気がする。ゴミ捨て場もすぐ横にあるが、なんか歌いたくなった。よし、帰る前にいっちょここでかるく歌っちゃろう。
、、て、ギターケース広げて用意。

最近新聞で、赤い服を着たグループと青い服のグループが対立して暴力事件に発展したってのが記事になってたのを思い出す。。今、オレ赤シャツ。まあいいや。「東京ラブソング」。
歌い出してすぐ、青いシャツの青年が僕の前に立ちじっと僕を見据えて歌を聴きはじめた。オレはもうキモチよくなってる。歌は止まらない。YEAH,オレはラブソングを歌ってんだ。愛の歌さ。

1回目のサビの「LOVESONG LOVESONG〜」のリフレインのとこで僕の横でゴソゴソ音がしたので見ると、ゴミ捨て場なものだからそこに浮浪者のおっさんがゴミ袋を開けて中を覗き込んで食い物を物色していた。
2コーラス目に移る。2回目のサビでは当然もう浮浪者はいなくなっている。彼らのこうゆう時の行動はいつでも素早い。このような場面に何度か出くわしたが、その徹底したスピードと手際のよさには舌を巻く。
そういや、僕がパート2の前の路上でずうっと歌ってた時いつも、PARCOのビルの壁で背中を擦りつけて掻きながら歌と全く合わないリズムをとっていたあの浮浪者のおじいさんはどうしてんだろう、、。ところで、一曲終わった。

そして「真っ赤なゼリー」と続けた。歌い終わると、青シャツの青年が、「いいっすねえ。よくギターそんなに弾けるっすねえ。自分もやったことあるんすけどダメでした。」って話しかけてくる。ナイスガイな青年だ。
チラシのプロフィールを見ながら、「10年前ったら自分7才っすよう。」って言う。「日曜日」って聴いてみたいっすって言うんで歌う。
気持ちよく歌う。人は通り過ぎてゆくが気にならない。

又少し、青シャツ青年と話して「虫のうた」を歌って今夜の路上ライブを締めた。久し振りで楽しかった。でも続けるとしたら、続ける場所を探すのは一苦労かもしれないし曜日もいつがいいかな。
今のとこは、いろいろなトコで歌ってみよう。

追伸・次の日も渋谷で歌ったが、なぜか人通りがあまりよくなかった。通る人も急ぎ足で。以前路上で歌ってた時は「なんだコイツ」みたいな眼もあったが、当たり前の景色を通り過ぎてゆくって風だった。
僕はほとんどビルを相手に歌った。が、それはそれでキモチよかった。

帰りの駅でいつもよくライブへ来てくれるひととバッタリ遭遇。


7月26日(月)

下北沢 club Queにて「太陽の塔」の活動停止(実質解散)ライブ。
リハーサル時に少しオジャマして、僕のチラシを折り込ませて頂く。しかしリハ熱いね。今日で最後のバンドなのかねホント。

この日、ちゃんとチケットを買って来ようって思ってたんだけどSold Outってことなので申し訳ないがリーダー/ドラマーの石塚君に前の日電話して招待(関係者扱い)にしてもらった。ありがたい、金的にも、、。

メンバーと会う。石塚君と井垣君は3/24のCD発売記念ライブ(3/24日記参照)やレコーディングに参加してもらった時に会ってたけど他のメンバーは久し振りだった。かるく会話、僕は一旦家に戻る。

開演時刻19:00ぴったりに来たらものすごい列。ちょっと時間を潰すことにする。戻ってQueの階段を降りてゆくと、スタッフが僕を最後に入場制限を告げる。事態を把握。時間潰ししてる場合じゃなかったのね。しかも音が聴こえてきた。始まってるやん。
パスをもらって中へ入るとス〜ゴ〜イ人!ひと!ヒト!、、、よくまあこんだけ入るもんだ。関係者も多そうだし。
しかし、いいノリだ。いい曲だらけだし。バンドの音は、テンションが下がることなく上向き状態のままラストライブを突っ走る。
ウルトラ超満員のQueの客席は、まるでドシャ降り雨の屋外のよう。全員全身ぐっしょぐしょ。何人か倒れてもおかしくないくらい。
それでもファンの女の子達は凄じいテンションでピョンピョン跳ねている。
途中、おそらくこの会場の中でナンバーワンのテンションの高さを誇っていただろう、かなりの激しさにこの混雑の中なのに微妙にその娘の周りにはスペースができてるって程のその女の子にきっとブチ当たられたのだろう、身体の大きな若い男が怒ってその女の子を少し突き飛ばした。しかしそれでも女の子は一瞬よろめいた後も何事もなかったごとく髪・アタマ・全身をシェイクして、それは最後まで続いた。まあこうゆう場面、どっちもどっち、、てゆうか、しょうがないよな。
そんなことに怒ってたらロックのライブなんか行けないし、まあもしかしたらジックリ聴く曲を楽しみに来てたのかもしれないが。しかし、そうゆう場面で若干周辺のお客は驚いたかもしれないけどこの勢い!
「太陽の塔」は最高のノリでイイ歌を放ってくるもんだから全てはハッピーモードに早変わり。

今まで何度かこの「太陽の塔」を観たが、聴く度に個々のメンバーもバンドも成長を見せてくれていて、スケールアップしてる。
おまけに今日は最高にヒートアップ!いい曲いっぱい。どの曲がヒットしててもおかしくない。
井垣voの歌もいいしね。きっと彼は調子が悪いことってないんじゃないか。いつもブッ飛んでる。
オレはブッ飛んでるヤツが大好きなんだ。オレも彼もライブ野郎だ。

して会場はやはり盛り上がり続けて、いよいよアンコールへ。彼らの1st& 2ndアルバムのプロデューサーのPANTA氏(頭脳警察)が登場。
頭脳警察の「悪たれ小僧」をセッション、盛り上げる。再び「太陽の塔」へ戻る。

「タフでいることが大切、、でも口で言う程簡単じゃあない、、」ってフレーズ(ちょっと違ってたらゴメン)を歌う井垣vo。
でも今日の井垣君は一段とタフに見え、仮りにこれからの一歩一歩が簡単じゃなくっても、タフに踏みしめ前進してくのだろうと感じさせる表情。それが目からほとばしってる。それはメンバー全員。

アンコール3曲目は僕も大好きな彼らのデビュー曲にして名曲「明日のうた」。♪天使が肩に降りて来て、あるがままに生きろと囁く、、、。きっと彼らはそう囁かれて今、次へ行こうとしている。

その記念すべき夜のホントのラストナンバーはアンコールをはさみTheBANDのカバー「THE WEIGHT」。5人それぞれが曲の中で歌い回してフィナーレ。メンバーステージ上で会場のお客を背に大記念写真を撮影してエンディング。、、これいいな。おれもいつかやろう、ふふふ。

終演後それぞれのメンバーと話した。このまま残りたい気もあったが帰ろうかと出口へ向かったら話しかけてくる男。いつも笑ってるような独特のキャラで時々TVで見かける男、バンド「ドミンゴス」のVoだ。
「前に一緒に演ったことありますよねえ。」「いや、僕はアナタを知っている、、ドミンゴスでしょ。でも僕はドミンゴスと一緒になったことがない、、」って言うのをさえぎり彼は「もうだいぶ前に屋根裏で企画で。{山田と吉田}っていうユニットで、、、」僕の錆び付いていた記憶が溶け出した。「あああ、あの、、山田のうちへは遊びに行ったよ。」って懐かしモードに。

今から9年前だったかに下北沢のライブハウス「屋根裏」で店との合同企画「ラジカル・アコースティック・ナイト」というのをやっていたんだけど、その時に出てくれた「山田と吉田」の吉田の方がドミンゴスのVOの吉田一休だったのか。驚いた。しかも、ドミンゴスのもう一人もやはり同じ企画に別のバンドで出演していたことが判明。いやあ知らなかった。あと、「プロペラ」のメンバー、「ブラワーエンジン」「タートルズ」のメンバーが同席。離れたところには「フラワーカンパニーズ」それと先程のPANTA氏。そして他にもたくさんの人たちで賑わう打ち上げの会場となったClubQue。そしてexコールタールのVoとも話す。僕の名前を知っててくれていつか一緒にライブしましょうかってことに。

もちろん「太陽の塔」のメンバーともゆっくり話した。KEYの中本君はこれからシンガー・ソング・ライターとしてやってゆくらしく「ナラさんライバルだね。」って言う。VOの井垣君とDrsの石塚君は一緒のバンドをやってくらしいからいいバンドになるだろう。
二人はまず青春18キップで東北を一緒に旅するって言っていた。Bの北山氏とは次の話までする時間がなかったが、Gの今富君はライブハウスのブッキングをしてるというので世話になりそうだ。

みんなしきりに盛り上がってる中、いい時間になったので僕は、一足お先においとますることに。みんなに「じゃあ又」と挨拶をして家路。Queを後にした。いいライブだった。


7月30日(金)

高円寺ShowBoatにてミニライブ、というかある企画にほとんど飛び入りで「アタマでいいから、3曲だけ歌わしてくれ」と申し出て決まったライブ。
以前ビクターからシングル「ひまわり」でデビューした山田晃士が企画する「モノローグ劇場(シアター)」の第十二夜というのが今夜のライブ。

ギリギリで、いやちょっと遅れてShowBoatに到着。まずは、企画者の山田氏は初顔合わせなのでかるく挨拶しあう。OH!なんてナイスガイ!で、すぐ用意してリハ。

ギター2本(MartinD-28,GibsonJ160-E)をCHECKしつつ歌って音決め。
リハ終わって、やはり今日の出演者の塚本晃氏と話す。
「リハよかったです。よかったら、いや、ホントに一緒に今度ライブしましょう。」と言ってくれる。嬉しいね。
「いやいや、こっちこそ。アナタのやってたSoundApartmentってバンド、一度TVで観て、イイカンジだったし。」って答える。
このヒト、元々ShadyDollsやHEAVENってゆうバンドをやってたってゆうギタリストなんだけど、今はシンガーソングライターってゆうかソロ活動をしている。

山田晃士とも話した。彼はフランスのミュージシャンでアルチュール・アッシュとそのバンドのバジブズーク・バンドのバックアップでアルバムを制作・リリースしたっていう。

この間、下北沢の音楽喫茶でフランス語の面白い音楽がかかってて、聞いたら「バジブズーク」だった。ここで又その名前を聞いた。ほほう。そしてこの日会場で流れてるミュージックといえば、僕も好きなそのバジブズークや日記にも書いたアストル・ピアソラ、歌唱もそして歌詞が何と言っても素晴らしいエディット・ピアフなんかだった。

この辺の音の話で盛り上がるってそんなにないよなあ。
ところで、塚本晃 HARDCORE FOLK SOLO featuring HALMA GEN、、、という長いユニット名のその、HALMA GENというピアニストはその昔、あの森田童子のバックでも演ってたっていう。オレ好きよ、森田童子。この人ちょっと前にリバイバルヒットしたけど、それ以外にも名曲いっぱいあんだよね。「夜想曲(ノクターン)」ってアルバムはホントいいよ。LP持ってるよ。森田童子の話題で盛り上がる楽屋。

と、そうこうしてる間に本番近付く。テンション高まってゆく。イイカンジになってゆく。お客さんもけっこう入ってる。
客電消え、ステージ両わきにはロウソクがこうこうと灯り、センターには椅子、マリオネットが座っている、、という妖しさ漂う中、山田晃士、楽屋にセットしたピッチシフターを通したマイクで、機械的に自分の声を女の子供のようにしてギャグ混じりに挨拶し始める。中世ヨーロッパのデカダンな雰囲気を演出してるとのこと。
それが終わると、マリオネットはステージから楽屋へ。そして僕はステージへ。
4曲歌っていいと言われたが、3曲歌う気分で決まってたので、それでGO!

かるく挨拶、「虫のうた」からスタート。この間路上で歌ったばかりだからか、路上っぽい歌い方に若干なっている。少し野太い、ってゆうか。まあこのカンジもいいだろう。歌い終るとイイ拍手。
すぐさま続けて「東京ラブソング」

じっくりしっとりで始まりラストの方には自分のギターのストロークにノッて気がつくとステージのセンターから外れて変なとこにいた。
ギターをマーチンからギブソンに持ち換えて右手でオープンを掻き鳴らしながら左手にブルースハープを持ち吹き鳴らす。そうして曲へ突入。「真っ赤なゼリー」。突っ走ってエンディング。ハードにきまる。拍手と奇声の嬉しい反応。

「どうもありがとう。サンキュー。」と楽屋へ。楽屋でも暖かく迎えられる。「サイコー」「ロックだねえ」「ホント今度いっしょにやりましょう。」
YEAH,THANK YOU Mr.Yamada&Mr.Tukamoto!

次の人はSUZUってゆうSONYから出てるシンガーソングライター。作曲家として中森明菜に曲も書いたりしたらしい。後片付けをしてたのでよく聴けてなかったが、メロウな歌い手だったと思う。
ほんでコノヒトね、パリコレにもヨウジヤマモトの服のモデルとして出たってこの日の出演者のプロフィールんとこにある。いいねえ。
オレもそうゆうことプロフィールに載せたいねえ。
まずさあ、誰かオレをパリコレに出してよ。身長はないけれどもねえ 歌なら歌えるんだけど、、(って誰に言ってんだっての)。

そんで次は塚本晃HARDCORE FOLK SOLO featuring HALMA GEN。
塚本晃とピアニストの二人組。前半はピアノのみをバックに塚本VOが歌う。途中からアコギを持ち歌ってた。
アコだがロックンロールなカンジの歌たち。言葉もなかなか面白いし真摯な姿勢がいい。バンドでやってもいいんだろう、きっと。
彼はモックンや山瀬まみに曲を書いて引っ越しできるぐらいの印税も入ったらしい。オレにも書かしてよね。
テンションもいいしロッキンバラッドてかんじでよかった。

それで今日最後に出演するのが企画者・山田晃士が率いる「KOSHI au Bourbier」時にマラカスや小道具を用いエンターテインメントに徹する。歌の感触はロックンロールなかんじ。だがサウンドはシャンソンロック。
ギターに横道坊主のギタリスト、ウッドベースにアコーディオン、トランペット、ドラムス。
世紀末のキャバレーチックサーカス小屋でエンターテインメント繰り広げる黒ずくめスーツの無国籍音楽家たち。

紙吹雪をポッケから散らしてそれを骨だけの傘をさしてそれを受ける。それがなかなかイキ。前に聴いたデビュー曲は地味な印象だったがこれはなかなか派手というかイイカンジだ。
本人は調子がよくなかったらしいが。いやいやイイヨ。

全ライブも終りみんなと又話す。又イッショにやろーって連絡先の交換などしてたら、その場がだんだん打ち上げ会場になってゆく。今日は遅いし僕は帰ることにして打ち上げには参加せず、家路。うん、いい出逢いがあると嬉しいね。
KOSHI〜のアコーディオンの女性がナラのCDを買ってくれてこれも又嬉しいね。

ライブ・カメラマンの村田がバイクでギターを一本運んでくれ助かる。