「午後の客」誕生記 (第5回白鳥省吾賞受賞者「安原輝彦」氏の紹介)
表彰式 平成16年2月22日(日)
安原輝彦氏(46歳)は投稿を趣味としているようである。本人曰く、
「金も無く、賭け事にも縁無く、もちろんゴルフや海外旅行といった集まりにも興味なく、流行のカルチャーセンターに通う気もありません。こうなると想像力と、遊び心と独断で、日頃思いついた由無し事を表現する楽しみはないものかと、独り想いにふけるほか無いのです・・・・・。
ふと気が付くと、小品を通じて、いろいろな世界の人達と知り合うことができる発表の場を提供してくれる、投稿に足を踏み入れていました。しかも年齢、性別、職業、出身、門地も問われない、何時も新人であり続ける事を要求される公募は、私にとって、ある種の緊張感があり、日常とちょっと異なった空気を味わうことができ、それがストレス解消につながるようです。なかなか入賞は出来ませんが・・・・・」
授賞式の朝も、まだ受賞したことが信じられなかったそうである。しかし氏には数多くの標語、短歌、俳句、短文、詩の入賞履歴がある。 平成十三年度募集(平成十四年二月表彰式)の「第三回白鳥省吾賞」に於いても、詩「病院待合室にて」が審査員推薦作として表彰されている。「白鳥省吾賞」受賞は今回で二度目に当たる。また同年には「北陸中日新聞」主催の「 第12回日本海文学大賞」「詩部門」にて「蟹鍋」が奨励賞を受賞している。
詩を書き始めたのは中学生の頃と言う。「ある日、宿題に出された作文をほめられた。」それに気をよくして、ものを書くのが好きになったという。早稲田大学時代は中原中也等を読んだ。卒業後しばらく物を書くことから離れていたが、職を得て結婚し、生活範囲が広がるようになってから、再び詩を書くようになったという。
最優秀賞受賞作、詩「午後の客」 はフィックションであると氏は言う。「この詩は、家内がテニスサークルの帰りに、ファミリーレストランで見聞したことをヒントに創作したものです。私自身が現在子供達と関わる仕事をしている関係上、普段感じていたことと、妻の体験が重なった結果できたものです。」
* 上写真は白鳥省吾賞表彰式にて受賞の喜びをお話しされている安原輝彦氏。
以下に最優秀賞受賞作「午後の客」を紹介する。
「午後の客」
テニスの帰りの主婦達の、だれにはばかることもない嬌声が店内に響く午後
四十歳の半ばを過ぎて、取りあえず明日の見通しはたつものの、二年後の居場所までは保障されていない僕のバイトシフトが始まる
窓際の席でゲームに熱中する予備校生の問題集のページは昨日と同じ箇所だし
ミックスピザを注文したカップルはそれぞれの携帯電話に夢中になるばかりで、互いを見ることもない
うわさ話に箸出す母親たちの傍らで、飽食した子供たちの群れが愛の飢餓を訴えて店内を彷徨し始めているかと思えば
そんな他人の子供たちに苦い顔を向けながら、手に負えない自分の子供を押しつけ合う金髪染めの夫婦が口喧嘩している
百八十円で三杯飲めば元が取れるからと、味わいもせずにせっせとコーヒーのお代わりを注文する入れ歯を外した老婆の横で
結婚の段取りを何度も繰り返す外国人の男と日本人の女がパスポートを交換している
着飾ったブランドを褒め合うことで友情を確かめるようにほほ笑む少女たちの背後で
「自由」と「わがまま」の言葉を使い分けることができない少年たちが議論している
ファミレスの午後のフロアーは世の中を真正面から眺めることにやや抵抗を感じる歳になってしまった僕にさえ
多少の憤りと嘆息をもたらす
いらしゃいませ
六十五番目の午後の客が席に着く
お煙草はお吸いになりますか
塾帰りの中学生にマニュアル化した対応しかできないスタッフにあきれ果てながら
それでも僕は蝶ネクタイを締め直し
ありがとうございました、またどうぞ
精一杯の応援歌で客たちを送り出す
● 安原輝彦氏の詩部門のプロヒールを紹介する。
○平成8年8月「第一回太田玉茄羽生市ふるさとの詩」に「父の背」が佳作入選。
○平成13年11月「第12回日本海文学大賞」詩部門にて「蟹鍋」が奨励賞受賞。
○平成14年2月「第三回白鳥省吾賞」にて「病院待合室にて」が審査員推薦作として表彰。
○平成15年6月「第34回埼玉文芸賞」詩部門に筆名「北本俊貴」にて入選。
○平成16年2月「第5回白鳥省吾賞」にて「午後の客」が最優秀賞受賞。
* 表彰式の様子はここをクリックしてください。
* 本文は安原輝彦様からの御手紙、第5回「白鳥省吾賞」表彰式の記念パーテイ時の口述筆記を元に作成しました。
* 文責は「白鳥省吾を研究する会」事務局にあります。
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