「朝の日記 2011夏」誕生記  (第13回 白鳥省吾賞 受賞者「くりす たきじ」氏の紹介)


 くりす たきじ(本名 栗須 太器治)氏は第13回白鳥省吾賞最優秀賞「 朝の日記 2011夏」誕生秘話を以下のように話された。

 もう二十年はつづいているだろうか。毎年、夏になると「朝の日記」というタイトルの詩をひとつ書いてきました。その理由はなんてないけど、夏は私のいちばん好きな季節だったし、その年の夏の印象や、私の暮らしを書きとめることが理由だったのでしょう。それと「朝の日記」というタイトルが好きでした。そんなわけでタイトルには西暦をつけて整理していたのです。

白鳥省吾賞は数年前から気にしていました。3年ほど前に一度応募し、今回が2度目でした。応募にあたって、主催地が宮城県ということと、昨年の震災は切り離せませんでした。でも、震災を詩に書くことはとても難しく、それは、私にとってもっとも大きな心の負荷となりました。

 それでも、応募するのであれば書かなければいけないと言い聞かせて書き始めたのですが、やはり重い課題はかたちになりません。そんな時、ふと、いつもの私の詩を書こうと思いました。そうなると「朝の日記」が、いちばん私らしいと思ったのです。

 

 9月に書き上げて10月末の締め切り間際まで、パソコンの奥深くにしまいこんで読み返す気にもならず、できればこのまま、誰の眼にも触れないでおきたいと思っていたのです。この私に震災の詩を書く許しなんて、どこにも見出せなかったからです。 

 昨年の震災の翌日から、震災に係る詩や、散文をたくさん読んでいました。それはネットであったり、紙媒体であったり、その数は百編を超えたかもしれません。そうして、私が震災の詩を書く理由を探していたのでしょう。それでも、私が書く理由は見つかりませんでした。

 応募締切日の前日は日曜日でした。その日も朝から小さな菜園に行って、芽が出揃った大根の間引きをしたのです。週末農家の私とって、瑞々しい大根の双葉を間引くのは決して楽しい作業ではありません。命を摘むのは、心が痛むのです。 

 詩を書き始めた30年前に、なぜか野菜を育ててみたくなって、私の畑仕事は、詩とともに生まれたのでした。詩作は野菜を育てることと同じようなものでした。それは大地を耕し、生きる希望を育てることでした。

 大根の双葉を間引きながら、どんなに辛い想いから生まれた詩であっても、詩が詩として生まれた以上、それはまちがいなく生きる希望なんだという、私の確信を思い出していました。「よし、応募しよう」ようやく決心がつきました。

その日の午後、応募作を読み直し、一行だけ訂正して原稿用紙に清書しました。日曜日でも(郵便)本局は開いてます。大急ぎで車を走らせて無事に投函することができたのでした。 

 受賞の知らせが届いて、なぜ、私の詩が選ばれたのかその理由をいろいろ思案しました。ほんとうに私でいいのだろうか、そんな想いでした。そんな思案の末に、受賞作が白鳥省吾の詩脈につながっていることに気づいたのです。「ああ、そうだったのか」と、胸を撫で下ろし、素直に受賞を受け入れることができました。

 思えば、30年間の詩作と野菜づくりが「朝の日記 2011夏」を生んだと言えますが、生きる希望は時として、ことばでは言い尽くせない心の痛みを伴います。この詩は、震災で犠牲となられた人々の霊を弔い、そして、残されたご家族のお気持ちに、私の想いを重ねたいという願いがあったのでしょう。そうして、一日も早い復興に向かって、私も一緒に歩んでいきたいと思うのです。


 プロフィール

  くりす たきじ(本名 栗須 太器治)1952年 和歌山県和歌山市生まれ 59歳

 季刊詩誌『新怪魚』同人代表

 既刊詩集 『北の亡者』(2003年・編集工房MO吉)外

 

受賞暦

 2002年・「海都WAKAYAMAジャパニーズソング万葉21」優秀賞

 2010年・「第7回羽生市ふるさとの詩」優秀賞

 2012年第13回白鳥省吾賞」最優秀賞

 

 

 * 写真は今年から審査委員に加わった宮城県詩人会会長 原田 勇男氏と談笑する くりす たきじ氏

 

以下に最優秀賞受賞作「朝の日記 2011夏」を紹介する


朝の日記 2011夏       

 

ことしの稲は背が高い

どうしてだろう

あんなにまぶしい空ばかり見あげて

あの子たちを捜していたのだろうか

それとも、根っこを深くのばして

帰らないあの子たちと遊んでいたのだろうか

 

ちいさな畑にねむる西瓜をそっと持ちあげて

まぁるいお腹をたたいてみても

わたしにはわからない

この星の気持ち

でも、わからないままに

わかることだけをことばにして

わたしは生きてきた

かわいた畑に、いく日も雨が降らなくても

実りはじめた玉蜀黍が、風にたおされても

それもまたこの星の気持ちなんだと

素直に受けとめてきた

 

あの日

あの子たちはまだ白い朝のことばを

海辺の路地にのこして元気よく駆けていった

それはこの星に生まれた

感謝のことば

等しく生きようとする希望のことば

とおく命をかさねて廻りつづける

あなたへのことばだったのです

 

だから早く

早くお家に帰してあげて

もし、あの子たちがまだ

夕日のしずむ海の波間で遊んでいるのなら

夜明け前のオリオンの背にのせて

明日の朝

 

あの子たちを

帰してあげて

 

* 詩はホームページの都合上縦書きのものを横書きにしております。

* 文責は「白鳥省吾を研究する会」事務局にあります。

* 表彰式の様子はここをクリックしてください。


 HOME     

Copyright c 1999.2.1 [白鳥省吾を研究する会]. All rights reserved.