自転車屋は世界を回す  (第17回 白鳥省吾賞 受賞者 小野 光子氏の紹介)


 小野 光子(おの みつこ)氏は第17回白鳥省吾賞最優秀賞「 自転車屋は世界を回す」誕生秘話を以下のように話された。

 このたびはこのような素晴らしい賞を頂き、本当にありがとうございました。

 「人間愛、自然」をテーマに掲げたこの白鳥省吾賞を頂き、感激の極みでございます。と言いますのも、この数年改めて詩をひとすじに書いていかなければと思い、書くならばこの白鳥省吾賞に是非応募しなければならないと願ってきたからです。それはなぜか。その事について少しお話させて頂きたいと思います。私は長年地元で子どもたちに読み聞かせをしております。そこでよくこんなことがございます。読み聞かせの時、初めて出会うお子さんも多くいらっしゃるわけですが、すぐに打ち解けてくれるお子さんもいれば、人見知りしてしまうお子さんもいます。そういう時、そんなお子さんたちとの距離を一気に縮めてくれる素晴らしい魔法がございます。それは「わらべ歌」です。わらべ歌を歌いますと、とたんに子どもたちは人見知りを解いて、一緒に歌い笑ってくれます。お話や絵本に聞き入ってくれます。わらべ歌やお話という「言葉」が、私と子どもたちの架け橋となってくれるのだなあと、ひしひしと感じる瞬間です。

 また、こんなこともございます。学校の休み時間に誰かが、朝の読み聞かせで私が読んだ面白い言葉遊びの詩をくちずさみ、「あ、それ知ってる」「僕も」「私も」と、みんなでくちずさんで遊んだ、そんなことがあったりもしたそうです。そこから「あの本、面白かったね」「あの詩、また聞きたいね」という話にもなったりするようで、もともと知っている者同士でももっと心の距離が縮む、連帯感が生まれる、そんな作用が言葉にはあるのだと感じる瞬間でございます。そんなふうに同じわらべ歌で遊び、同じお話で笑い、空間と時間と記憶を共有する。しかもそれは現在という時間軸だけではなく、おとうさんやおかあさん、おじいちゃんやおばあちゃん、もっと遡って焚火や炉辺の周りで話をしていた古の人々からのつながりでもあり、未来のまだ見ぬ新しい命へのつながりでもある。その事を思うたび「言葉」には人と人をつなぐチカラがあるのだと感じずにはいられません。もちろん言葉はもともと「伝えたい」「わかありあいたい」という人のコミュニケーションツールとして発生したものですから、つなぐチカラがあるというのは当然のことなのかもしれないのですが、この「わかりあいたい」「つなぎたい」という想いこそ人間愛の本質なのではないか。言葉こそ究極の人間愛なのではないか。そんなふうにも私には思え、ではそんなにも尊く素晴らしい「言葉」というもので自分はいったい何を書くのか。年齢のせいでしょうか、そんなこともこの数年しみじみと考えるようになりまして、その時私の心に浮かびましたのはやはり「人」への想いでした。

 自分の生きるこの世界の、人の命、暮らし、労働、想い、平凡だけれど美しく、限り無く尊いもの。そういうものこそ書いていきたい、わらべ歌やお話のように伝え残したいと思いました。これが私の詩作に対する決意であり、白鳥省吾賞応募の動機であり、今回の「自転車屋は世界を回す」という詩にこめた想いであります。詩の中に登場する自転車屋さんは、ご近所の自転車屋さんをモチーフにさせて頂きながら、けっして自転車屋さんだけでなく、これまでの人生で出会った様々な職業の方々の面影を重ね、すべての名も無き人々の労働の尊さをこめて、書き上げました。あいつづく災害、終わらない紛争、人と人がつなぎあうこと、わかりあうことの大切さを、これほど痛切に感じる時代はございません。こんな時代だからこそ尚更、白鳥省吾の精神「人間愛、自然」を忘れず、守り伝え、大切に言葉を紡ぎ続けていきたいと思います。

本当にありがとうございました。

 

 

  

    佐藤勇市長より賞状を授与される

 

 

 

 

以下に最優秀賞受賞作「自転車屋は世界を回す」を紹介 します。編集の都合上、すべて横書きにしています。


 【最優秀賞】 自転車屋は世界を回す/小野 光子

 

チューブを引き出す

水を張った容器に沈め

漏れる場所を確かめる

やすりをかけ 薬剤を塗り

パッチを貼ってタイヤに戻す

油を注し ブレーキを確かめる

澱みなく流れるように

余計な言葉は発しない

慣れた作業でも手を抜くことはない

何十年も変わることなく

同じように直してきた

車輪は人を乗せるのだから

彼は自転車屋だ 一日の仕事を終え

黒くなった爪の機械油を洗い

寝床に入る時 彼は想う

これまで直してきた車輪のことを

何と滑らかに 嬉しそうに

あれらは走り去ったかと

仕事へか 学校へか 家路へか

目を閉じれば浮かぶ その回転が

回るものは かほどに美しいのだ

金色の小麦を挽く風車のように

町と町をつなぐ列車のように

時計を動かす歯車のように

それは 人を助けるものだ

幸せにするのだ

世界にはどれほどの輪が

そうして回っているだろう

自転車屋は知っている

その中に自分の直した輪も

入っていることを

世界は誰が回すものでもない

自分のように名も無い人間の

仕事が回すのだということを

自転車屋の夢のなかには

空に浮かぶ星のように

無数の輪が 今日も

回り続けている

  

 表彰式の様子はここをクリックしてください。


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