白鳥省吾の愛した栗駒山 

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 白鳥省吾が栗駒山に関して残したエッセイを紹介します。第一回は『人生茶談』(昭和三十一年四月二十日・採光社発行)より。 

 左写真・駒姿の首の付け根に「シビ」形の雪解け跡が出来る。省吾は「まぐろ」と表現している。

 

 

 「薬師山民謡碑」誕生記 

 この詩歌の明暗ということを考えると、奇体に憂鬱な暗さを歌ったもの、得意よりも失意を歌ったもの、建設よりも破壊、清雅よりも廃頽が、多くの読者を得ているようである。しかし、詩歌が健全な一般人にもっと浸透して欲しいし、健全な詩歌が愛好されていいと思う。

 ポーとホイットマンの場合は、ポーは詩人としてよりもその怪奇な物語に読者が素晴らしく多いので、詩だけを比較すればホイットマンも相当に読まれている。しかし朔太郎と元麿とを比較すれば、朔太郎は比較にならぬほど読者が多い。だが実際は元麿の詩は親子兄弟で朗読しても家庭を明るくするような詩なのだ。「ふるさとは、遠きにありて思ふもの、よしや乞食になるとても、帰るところにあるまじや」(室生)犀星という詩情が、愛郷心と反対になぜ多くの共鳴を呼ぶのであろうか。予言者はその郷土に容れられぬという言葉はもう古いと思う。私は、私の郷里に詩碑を郷里人が建ててくれる場合、誰にもわかる次のような簡単な民謡を選んだ。sirato22.jpg (15605 バイト)

     生まれ故郷の栗駒山は

         富士の山よりなつかしや

 或る人はこの民謡を見て、こんなことは何の変哲もないことではないか、おれは前からこんなことを考えていたと言った。善哉、それでいいのだ、みんなが考えていることを表現するのが詩歌だ。そう奇抜でなくてよいのだ。私は平凡と共にありたいのだ。

 栗駒山は奥羽山脈の海抜六千尺の高峰、私は十九歳までそれを望んで育ち、その山腹の温泉にしばしば入浴した。私は郷里に何の反発すべきものを持たないばかりでなく、魂の揺籃として故郷を思うものである。・・・『人生茶談』・「詩に照らして」・「詩歌の明暗」より抜粋。

<建碑の経緯は『白鳥省吾のふるさと逍遙』に紹介してある。>

 

 

 カッコー 

 釜山近郊の東来温泉でも京城でも平壌でも金剛山でもカッコーの声をよくきいた。「カッコウは朝鮮でもよく啼くんですね」と私がいったら、「ええ、啼きますとも、朝鮮の緯度は日本の東北に近く、それにこのへんはあなたの郷里の仙台あたりとほぼ同じでしょう」と知人がある日答えた。見ればたんぽぽ、すみれ、あざみなど野草の分布も似通っていた。

 ただ郷里と異なっているのは残雪をいただく連峰の見えないことであった。郷里の栗駒山は海抜一千八百メートル。百花一時に開く四月下旬から五月にかけて残雪は山容に駒(コマ)の跳躍する姿を示し、五月から六月にかけての田植え時にはまぐろの形となる。交通不便の山間部に育った私は、鮮度が落ちて刺身にするにたえぬためもあってか、まぐろの切り身を焼いて木の芽田楽にした味を思い出す。金華山沖でとれたまぐろが、北海道のにしんが春告魚と呼ばれるように、青葉のシーズンと共にまぐろが初夏を告げて食膳(ぜん)にのぼった。かつおなどはほとんど来なかった。ya691.jpg (15201 バイト)

 

 残雪が駒の姿をしているというので、駒ガ岳の名を冠している高山は各地に幾つかある。わが郷里の栗駒山も別名を駒ガ岳と呼ばれている。その栗駒山の残雪が、桜散るころに駒の姿を現すのは、軽口をたたけば「咲いた櫻になぜ駒つなぐ、駒が勇めば花が散る」に呼応するものであり、青葉がくれにカッコーのなくころにまぐろの形を示すことは「目に青葉山ほととぎす初がつお」を連想させるものであるが「初がつお」でこそ意気な江戸前の響きがあろうというもの「初まぐろ」にかえては鈍重で苦笑のほかはあるまい。

 また、ほととぎすは「郭公」とも書くが、ほととぎすとカッコーとは別個なものであることは人知るところ、あわれ血を吐くほととぎすにくらべて、カッコーの声は遠いあこがれの若々しい声だ。

 ともあれ、残雪の山とカッコーとまぐろと、それら青葉の季節の郷土生活は、山ほととぎす初がつおと風味を異にした天地感応の有声無声の詩というべきであろう。・・・『人生茶談』・「茶の間」より

 

* 『人生茶談』(昭和三十一年四月二十日・採光社発行)は、『文人今昔』とならんで、省吾の関わった文壇詩壇の人々との交友録であると思う。ユーモアとウイツトにとんだエッセイでもある。誰も書かなかった著名人の裏話がおもしろおかしく記されている。

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