河、あなたに出会い離れるまで」誕生記  (第16回 白鳥省吾賞 受賞者 花潜 幸氏の紹介)


 花潜 幸(はなむぐり ゆき)氏は第16回白鳥省吾賞最優秀賞「河、あなたに出会い離れるまで」誕生秘話を以下のように話された。

 

 只今ご紹介いただきました、花潜 幸と申します。初めに、選考していただきました委員の皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。また、栗原市の市長様始、関係者の皆様ありがとうございます。そしてこのような素晴らしい賞を作り引き継いでおられる市民の皆様に何よりも感謝申し上げます。ありがとうございます

(用意しましたものを読みながら少しお話しさせて頂きます)

 今から三年ほど前のことですが、私はふとしたことから詩の専門誌の広報でこの白鳥省吾賞のあることを知りました。地図を確かめますと、栗原市は宮城県の北端にあります。私は早くに母を失いましたが、その後私を大切に育ててくれた二人目の母の出身は、実はお隣の一ノ関市です。子どもの頃、上野から夜汽車に乗り、夜が明けると、青青とした水田の中を、列車が少し傾きながら走って行く、地図を見ながらですが、その時、そんな情景を一気に思い出しました。これが、賞に応募した私の動機です。

 一回目の応募で、幸運にも優秀賞をいただきました。今回は三回目の応募です。二年前に参りました時、栗原市はすっかり雪の下でした。その雪の栗原市の姿も美しいものでしたが、今回はそのままの栗原市の情景をまた楽しむことができます。

 さて、白鳥省吾賞のテーマは「人間愛、自然」ということですが、今回の受賞作は「自然」とりわけ人の生活にかかわりの深い「河」をテーマにしたものです。住まいの近くを流れる黒目川という河を素材にして、実際に経験した河との半世紀を綴ったものです。「河と人間の葛藤」の中に、人の河への思いを盛り込んでみました。ところで、隣の一ノ関には磐井川という河があります。私は小学生のころ何度かそこで泳ぎ、釣りをし、川遊びをしました。こちらにも迫川がありますが、どのような川なのでしょうか。新旧の違いはあれ、同じ北上川の支流と伺っております。河は水をはこびます。しかし、考えてみますと、その水の流れは私たちの体の中にもあります。時の流れと連動し、何か永遠なものを象徴しているようにも思えます。作品にはそんな感情も含ませていただきました。

 今回、受賞の連絡を受けまして、私はもう一度、以前頂いていた『白鳥省吾の詩とその生涯』という御本を読み直してみました。民衆の立場から書かれた御作品や生き方考え方の中から、改めてとても多くのことを学ぶことができました。また、詩集『幻の日に』の中の、作品「手紙」や詩集『楽園の途上』の中の作品「古代の夢」のように読み返して大好きになった作品もあります。詩人の求められた「人間愛、自然」は私の書く「詩」の方向ともよく合致しています。これを機会に私も、とても小さな支流ではありますが「白鳥省吾」の思想の流れを引き継ぐものとして、同じ北上川にそそぐ水のように、詩を書き続けたいと思います。またこの賞に恥じない作品を作りたい、とそんな決意をいたしました。

 それでは、まことに拙い話でしたが、私の挨拶は此処までに致します。最後にもう一度、改めて皆様に感謝申し上げるとともに、作品をお読みくださった、またこれからお読みくださる全ての方々に感謝申し上げます。

ありがとうございました。

プロフィール

平成二十五年二月 第十四回白鳥省吾賞 優秀賞受賞「手首の白い花」

著書 2011 年『薔薇の記憶』 2013 年『雛の 帝国』 2015 年『詩と思想新人賞叢書9・初め の頃であれば』 (孰れも土曜美術出版販売発行)

所属「詩と思想研究会」 「馬車」


以下に最優秀賞受賞作「澄んだ瞳」を紹介 します。編集の都合上、すべて横書きにしています。


【最優秀賞】河、あなたに出会い離れるまで/花潜 幸

夏の休みに入った最初の日曜日、私はあな
たに初めて出会い、この橋を渡った。真空へ
繋がる高い空の下、あなたは太い蔦のように
荒れ地を這い回り、虫や草や動物を、領主に
なって養っている。季節の花は粒になり岸辺
に溢れて、あなたの若い放蕩を飾っていた。
 水の豊かなこの土地に、人は都会から溢れ
て砂を撒くように住み着いた。丘を崩し、沼
地を埋め立てると、パズルのように組まれた
土地に、白い瀟酒な家々が立ち並び、車や商
店が黄色や赤の騒動と歌声とをもたらした。
 子どもが笛を吹き、犬が老人を連れて自慢
げに歩く散歩道。あなたは惜しげもなく、伸
びた手足を切り離し、背中に明るい公園と野
球場を担ぐ(病はすでに在ったのだが)。
 私が親の家を離れ流れの傍らに住んだのは、
それから数年してのこと。宅地の排水と、工
場からの水の汚染で、窓も開けられず、疲弊
したあなたは、夜に星を抱くのも忘れていた。
 ある夏、大きな風が吹いたとき、あなたは
自分を解体し、崩れた体で街を蔽う。家を引
き抜き、人を連れ去るその際に、ごうごうと
言う濁流はあなたの泣き声でもあったろう。
 水に洗われ、壊れた夢に脅されて、あなた
を「暗渠」に変えろと言いだす者もいた。だ
が、街人の多くはあなたの笑顔を子どもに残
そうと願う。
 続く幾年かの工事ののち、あなたは骨を取
り換え、手足を継いで、調和と言う新しい姿
に再生する。下水と分けられ、柔らかな土で
堤を築かれるとようやく、桜の花を並べてあ
なたは少し微笑みを返した。
 この橋の上から、あなたを眺めて半世紀。
円く冷たい月の下、あなたは子どものように
眠っている。今夜は私が自分の半生を、ここ
であなたに話してみようか。明日からは遠い
海辺でしか、あなたの水面に出会えない。
 さようなら橋の上の一瞬、されど永遠。
 

 表彰式の様子はここをクリックしてください。


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