「赤い川」誕生記  (第2回白鳥省吾賞受賞作品「赤い川」・作者「浅野政枝」あさのまさえ氏の紹介)


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 /浅野まさえさんは北海道の戦後開拓農民の子供であることを誇りにしていらっしやると言う、今では忘れ去られたランプ生活が、私の詩の原点と言う・・・・・。/

<十二年前、初エッセイ集「赤いフライパンに菜の花のせて」を出版したとき、作家椎名誠氏から「北の町に生きる感性ゆたかな女性がいて、その人のこうしたものの想いが、ひとつひとつとてもなつかしい。台所のおなべの湯気と女の詩が気分良く同居しているような・・・。」という、身に余る帯文をいただきました。当時、エッセイを書き出して四年目でした。その日から十年目で突然詩を書くことになろうとは全く考えてもいませんでした。>後略

 著書『菜の花いちもんめ』の「あとがき」よりの抜粋である。浅野まさえさんはエッセイストであるという。しかし、上記の『菜の花いちもんめ』を拝読する限り、これは散文詩集だと思った。省吾も数多くの散文詩を書き、また散文詩の論文を書き残している。一脈相通ずるものを感じさせられた。

 浅野まさえさんの散文詩集『菜の花いちもんめ』には擬声語がふんだんに表れる、宮沢賢治の童話の世界にも似たおもしろさを感じさせてくれる。第二回白鳥省吾賞受賞作品「赤い川」にもつかわれていた。「この詩の中で、どうやって助かったかを書きたかったんですが、まるで覚えていないんです。そこだけが私の記憶から抜け去っているんです。」と、また「現今の人達が経験したことのない、ランプ生活が、今の私にとって貴重な体験だったのです。」と、懇親会の席上でお話しされておられたが、詩集からは精一杯、北海道の大地に根ざして黙々と生きている姿勢が感じられた。

 


     ピョッペ川

   少女時代 川へ行こう と誰かが言えば/ピョッペ川で遊ぶこと/ピョッペ川は 碧い大雪山系の北に流れる/

   春 ピョッペ川の雪解け水が溢れた時/ 牛 馬 綿羊 鶏は 人もいっしょに/干し草積んだ納屋の 屋根裏へ逃れた/

   中略・

   ペケペン ペンペン ポコポコッ ペン/ペンペンペン 坂が硬く硬く固まると/坂は光 中腹には小さなジャンプ台/

   赤いカサカサ頬っぺの友達は/空腹を ま白い雪のごちそうで満たし/夕陽が山の向こうへ沈むまで 遊び呆けた/

   「俺 五年生の夏 ピョッペ川を泳いで/向こう岸へ行ったんだ 苦しかったけど/ランプよりずっと明るい 電気見たくて」/

   俺んちよりも 大きな風車を見た と/この間 四十年前の体験を 幼友達は/昨日の出来事のように告げた/

   重なり合った木々の間から 見えた向こう岸の/夢の明かりをこの瞳で見た と少年は話す/

   あの刻(とき) 私達は珠玉の短編映画を見ていた/ 

 

 これは「第2回ふるさとの詩」優秀賞を受賞した「ピョッペ川」の抜粋である。─ 「日本語版『大草原の小さな家』ね」読んだ人からよくこう言われます─ 散文詩集『菜の花いちもんめ』の表紙に印刷されたこの言葉が示すように、この詩集の中には、私共が忘れ去った、幼い頃共有した山村、農村の風景が、また浅野まさえさんだけにしか体験出来なかった、幼い頃の思い出が描かれていると思った。

 この詩集中の「普通人渇望人生」の後半部を紹介する。

   今も私の目は片目しか見えず 右手は震え/足は時々 つっぱり引きずって歩くから/身体の状況は 幼い頃と全く変化なし/

   六歳から 周囲の人々の常識と忠告で/全霊を傾け 精神の軌道修正をして来た/人々の描いている普通のために/

   普通を渇望していた自分発見の旅

 もう一編、「説明」の後半部を紹介する。

   私は障害者ではなくて/行く先々に障害物があって/困っている人なのです/障害物はあるけれど障害者はおりません/

 

 授賞式当日の様子からは、この詩に描かれていることは微塵も感じられなかった。普通の主婦という気がした。散文詩集『菜の花いちもんめ』は一面怖い詩集でもある。しかし、表面に表れている言葉遣いからは、浅野まさえさんの世界から来る、明るい光のようなものが感じられた。人間愛が感じられた。これからも、日本の忘れられた原風景を根底にした、人間愛溢れる詩を書き続けていただきたいと願っている。


 浅野まさえさんのプロフイールを『菜の花いちもんめ』より紹介する。seigo2m1.jpg (17377 バイト)

 1948年、北海道上川郡和寒町字北原に生まれ、現在夫と一男の三人暮らし。

 1998年10月、第36回リハビリテーション懸賞論文第2位。

 1999年7月、詩「何々家の仕事」「普通人渇望人生」等で、第25回部落解放文学賞佳作。

 1999年7月、詩「なごり雪」第8回全労連文学賞佳作。

 

 

  等々、この他「さっぽろ市民文芸」に入選した作品、北海道新聞社の本(共にエッセイ)十数冊に入選した作品が掲載されている。現在ボランティアとして、世界各国からホームスティに来日する青年達の面倒を見ながら、エッセイの勉強のためにカルチャーセンターに通っていらっしゃるという、現役の主婦でもある。また、「私は、白鳥省吾さんが若いときに見たような貧しい農村で十二歳まで暮らし、体に少し後遺症を残しましたが、おおらかな夫と丈夫な子供にめぐまれました。重度の障害を負った妹は一人の男子のシングルマザーですが、以前、北海道庁の福祉課勤務だった浅野知事のお取り計らいで、宮城夢大使として仙台や全国で公演をしたり、札幌では自立センターの施設長をしています。妹は、これまで自叙伝風の本を10冊程出版しており、福祉の分野で活躍しております。私達姉妹で宮城県にご縁があって嬉しく思います。それそれの持っている能力を出して生きられる事に感謝しております。幸せです。」(要約)と、当ホームページにメールを寄せていただきました。長いメールなので、全文を掲載することが出来ないことが残念です。平成十三年三月、北海道の風土にふさわしい童謡唱歌、最優秀賞受賞。「大地とあそぼう」の詩を、当ホームページ宛にお寄せいただいたことに、このページをかりて御礼申し上げます。

 

   参考・引用資料

 * 採用した詩は、ホームページの都合上横書き、/にて区切らせていただきました。

 * 本文は詩集『菜の花いちもんめ』(平成十二年五月十四日・暮らしの手帖社編集・浅野まさえ発行)、浅野様の手紙、口述を元に作成しました。

 * 文責は「白鳥省吾を研究する会」事務局にあります。

 * 写真は詩集『菜の花いちもんめ』、白鳥省吾賞表彰式にて撮影した浅野様肖像。

   この度H氏賞選考委員に選せられ、白鳥省吾賞の選考委員も努められている佐々木洋一氏(左端)との記念撮影。


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