三段山遠征日記 2003

文 やまだやま

 3年連続3回目の三段山である。今回は、makin(会長)、ゆーじ、きくてんこ、プリンス、それに私やまだやまの五人の遠征である。毎年白銀荘にたどり着けずに終わる参加者がいるのだが、今年は5人5体満足で参加できたのは特筆できるであろう。なおこの日記はやまだやまの記憶と主観に基づいており、事実と異なる部分があるかもしれません。

2月28日
 旭岳は快晴であった。夜行バス、飛行機を乗り継ぎ、頭の芯が寝不足状態で旭岳へ、はじめは山頂付近はガスっていたが、徐々に晴れてきた。樹林帯より上は雪もガリガリだが、樹林帯に入ればふかふかである。1時間に1本づつのペースで滑る。途中、旦那さんから明日は富良野岳と連絡がある。3本滑り気分良くこの日は終了。いきなり足がつりそうになったが、あとでバンテリンをぬりぬりすれば大丈夫であろう、たぶん。
 戻りの車で、makinの作成したお買い物リストを見て・・?!なんじゃこりゃ?
まず、主食がすべてうどんとなっていたが、これではつらいので、米に変更する。まあそれはよい。しかし、ホルモン1kg、豚肉(バラ肉希望)1kgとはなんであろう? あれ、鍋って明日の夕食だけだよな。食い気最盛期ならいざ知らず、そんなには食べないでしょう。
 白菜、大根各1? 絶対食いきれない。 プリン10個? これはゆーじのリクエストと判明。とにかく、何か量的に疑問が残るのでリストは参考にしながらも、ほどほどのお買い物をすることとする。
 移動途中、十勝山系がよく見える。ゆーじとやまだやまは、初年度からこの景色を見ているが、makinは見ていないはずだ。さんざんそのことをネタにしながら上富良野のスーパーへ。 
 そこで、たまたま売っていた酸素も購入。あとは、上富良野の町を彷徨し、何回目かのリングワンデリングのすえにたどり着いた焼き肉屋で夕食、この辺から二人とも夜行の疲れで無口になってくる。
 その日はあとは盛岡組と合流し白銀荘へ。明日もあることだしお酒もほどほどに早く寝ることとした。

 2月29日
 ゆっくり寝たおかげで快調である。いかにも山の朝ご飯というメニューで飯をすませ、各自準備。時間に旦那さんが迎えに来て出発。
 今日のターゲットは富良野岳である。ここ1週間雪が降っていないのでどうかとのことだが、とにかく行くのである。
 ばっちまんさん。かっちゃんさんと挨拶し、ルートの説明を受け、いよいよ出発。樹林帯の中を登っていく。快晴で良い気分である。雪も良い。
 小休止で、いきなり秘密兵器の酸素を出す。おー、受けてる受けてる。持ってきて良かった。コンデスミルクも必需品である。天気も良いし、気分も爽快、会話もはずむっつうもんだ。
 樹林帯を抜けたあたりで、シールが合っていないきくてんこさんが遅れはじめる。
旦那さんが秀岳荘バンドで応急措置、しかし、後ほど明らかにされるきくてんこよっかかって居眠り事件がすでに明らかになっていれば、果たして旦那さんの助けが入ったか疑問が残るところである。
樹林帯を抜けると、風が出てきた。相変わらずきくてんこさんが遅れ気味だが、おかげでいつも一番最後になってプレッシャーを受ける私は楽させてもらっている。だんだん高度を上げ、かりかりのバーンをわしわし(ひーこら)登り、ドロップポイント着。
 今日は気温が高くて一休みも楽である。ビールもうまし。酸素は・・効いてるのかなあ?バナナ味でも良いから味(香り)がないとなんだかよくわからない。しかし、皆さんに楽しんでもらったようである。
 それにしても、西の尾根では、山スキーヤーがセッピからダイブしてかっとんで行くし、バッチマンさん、かっちゃんさんもめちゃくちゃうまくて早くてかっこいい!
恐るべし三段山クラブ、果たして我々が混ぜてもらって良いのか? まだまだ修行が足りないのではないか? まあいいか。
 さて、いよいよ我々も小セッピからスタートだが、なんかギャラリーが増えてきて、じゃあそこのセッピは逃げて横滑りで・・なんて許されない雰囲気である。やばい!
えーとどうしよう。外人さんからはGO!なんて声もかかる。
 まずゆきこさんがダイブし、華麗に滑っていく。あー、ゆきこさんが行っちゃたら、ここで逃げるわけに行かないじゃないか。茶臼組はみんな固まっている。
 ここは先に行ったもん勝ちだ。というわけで、私が行っちゃう。思ったほどの高さはなく、雪質もよく、いきなり脳みそが溶けてきた。わーい楽しいぞう。気持ちよく滑ってあとは皆さんを待つ。やはり茶臼組はプレッシャーに弱い。次々と良い雪を転倒していく。なんともったいないことだ。まずはファーストダイブを皆不本意で終わる。
 ここで旦那さんの撮影を待っているときに、きくてんこさんの非常に失礼なうらやましい事実が発覚する。なんと彼は、昨日の汽車の中で、そうとは知らずとはいえゆきこさんの肩にもたれて眠っていたという。うらやましい!じゃない、なんと失礼な。それを全然覚えていない!とは。なんともったいない。それにしても、世間の狭さが実感されてしまう。皆さんも、居眠りするときは、相手の顔をしみじみと見つめましょう。
 そんな事実発覚を楽しみつつ。もう一回谷まで降りて第1回は終了。この斜面は楽しかった。雪も私にとって今シーズンで2番目に良い雪でした。
 さて、今度はここから北尾根を登り返す。 私の登り返す。というイメージは、良い斜面をもう一回。というのだが・・。登る登るよどこまでも・・。どこまで行くのだろう。つらい! 汗をかきかき、ほとんどさっきのダイブポイントの対面の場所まで登ってしまった。いやきつーい!。
 正直、泣きが入りかけました。が、ここからの斜面もおいしかった。しかし、私はよれよれでもうだめ状態。せっかくの斜面もうまく滑れない。一方、プリンスさんはこの辺から尻上がりの調子がでてきて、かっこよく滑っていく。最後のTGRの下りはもう体力がない。度胸もない。という状態で斜滑降とキックターンでズリズリとやっとこさっとこ高度を下げます。それにしても、北尾根で合流した山スキーやさんもすごかったし、この界隈の人はみんなすごいな。まいりました。
 えらく消耗して白銀荘の風呂で体を溶かす。ビールが胃の府に染み渡りました。

 さて、北尾根を登り返しているときに、先ほど滑った斜面の脇が雪崩れているのが見えた。後に、三段山HPのBBS上で旦那さんが油断であった。と書き込んでいたが、これは茶臼組の基本姿勢としてもっと反省すべきであろう。旦那さんが大丈夫といっても、大丈夫な斜面がどんなものか、経験を増やすためにも我々がハンドテスト等をすべきであった。これでは茶臼組の実力が上がりません。遊び感覚でも、冗談だと思ってもいいから、弱層試験はやりましょう。

3月2日
昨夜はいろいろあったが、なによりも夜中に連続で足が攣りまくったのが痛かった。
朝は・・皆さん動きが鈍い。さらに、荷物もまとめなければいけないのでめんどくさい。のろのろと準備、結局9時頃出発する。
 途中、makinのGPSに先導されるが、なんか違う。結局大きく迂回して前十勝の取り付き地点へ、この辺からガスって視界が無くなっていく。協議の末、旦那さんおすすめの斜面はあきらめ、位置を確認しやすそうなカバワラ尾根を登る。
 しかし、視界が悪い。目標物が何もないので、自分の左右が谷だか尾根だかわからない。
途中、すでに下山する人に上はもっと視界が悪いと言う話を聞き、まあいけるところまでとおもったが、まもなく視界がさらに悪くなる状況になりあっさり登りを終了。
 皆昨日の登りの疲労があったので、ここで終わったが、元気だったらどうであろう。まあ、無理せず無茶せず酒は飲むの茶臼組の実力としては、こんなモンでしょうか。
 下りはあっという間で白銀荘へ、三段山2段目くらい行くかという意見も、ゆーじの「おわりにする」という、数々の強気発言(自分の庭発言等)を繰り返してきたゆーじらしくない弱気な撤退宣言にみんな賛成し。風呂に入り美瑛でラーメンという新しい目標へ進むこととする。それにしても、我々がこうしてだらけているこの瞬間にも、旦那さんたちはより厳しいルートへ行っているかと思うと、「参りました!」と叫ばずにはいられない状況だが、だるくて声が出ない。まあ、来年もある!? あとはラーメンだビールだ!!。

その後は、旦那さん・ゆきこさんの職場でもある某所を、我々の現地コーディネータAの案内で見学し、秀岳荘で買い物し、大雪地ビールをジョッキ4杯のみ私は空港へ。 
 飛行機、夜行バス、新幹線を乗り継ぎ、翌日は朝から職場には行ったけれども、もう脳に酸素が回らず眠くてつらくて切ない一日でした。ほんとに酸素が必要なのは、山よりも職場でした。

 最後になりますが、茶臼組な連中と遊んで下さったみなさま。ありがとうございました。
たぶん我々は性懲りも無く、携帯酸素とコンデスミルクをもって行きますので、その時は一緒に遊んで下さい。・・早く来年にならんかな。