飯豊連峰(山都町御沢登山口より)

福島県・新潟県・山形県

登山形式  往復

山行日 2008年9月18-20日

2泊小屋泊 山行者1人


御沢登山口〜長坂〜横峰〜地蔵山〜剣ヶ峰〜三国岳〜切合小屋

飯豊山〜駒形山〜御西岳〜大日岳〜飯豊本山小屋

2005年の9月に登り、悪天候の為に切合小屋から引き返した、飯豊山へリベンジ。

今回は、移動と合わせ4泊5日の日程、山中2泊で飯豊本山と連峰最高峰大日岳まで足を伸ばすことに。

若干ガスは有りましたが、晴天に恵まれ、上々の稜線歩きを堪能することが出来ました。

 

17日   晴れ  移動日

  福島市 8:45 ⇒ R115 R459 道の駅裏磐梯 10:20 10:45出 ⇒

  喜多方市 11:20 昼食 13:15出 ⇒ 御沢キャンプ場 14:50 車中泊

  移動距離 146km

18日   晴れ

  御沢キャンプ場 6:50 ⇒ 下十五里道標 7:35 ⇒ 中十五里道標 8:00 ⇒ 

  上十五里道標 8:25 ⇒ 笹平 9:05 ⇒ 横峰 9:20 9:30出 ⇒

  地蔵山分岐 9:40 ⇒ 水場 (峰秀水) 9:50 10:00出 ⇒

  △三国岳(1644M) 三国小屋 11:30 12:30出 ⇒ 切合小屋 14:10

 

19日   晴れ

  切合小屋 6:15出 ⇒ 草履塚 6:50 ⇒ 姥地蔵 7:15 ⇒ 本山小屋 8:10 8:40出 ⇒

  △飯豊山(2105.1M) 8:55 9:05出 ⇒ △駒形山(2038M) 9:20 ⇒ 御西小屋 10:05 ⇒

  △大日岳(2128M) 11:25 11:40出 ⇒ 御西小屋 12:55 13:45出 ⇒

  △駒形山 14:35 ⇒ △飯豊山 15:00 ⇒ 本山小屋 15:15

 

20日  晴れ

  本山小屋 5:45 ⇒ 本山小屋水場 5:52 ⇒ 草履塚 7:05 ⇒

  切合小屋 7:40 8:00出 ⇒ △種蒔山(1701M) 8:17 ⇒

  三国小屋 9:30 10:00出 ⇒ 地蔵山水場(峰秀水) 11:10 ⇒

  横峰 11:40 ⇒ 上十五里 12:20 中十五里 12:50 水場(銀明水) ⇒

  御沢キャンプ場 14:00

  いいでの湯(入浴) 山都森林スポーツ公園 車中泊

 

21日 曇り時々雨

  山都森林スポーツ公園 ⇒ 県道16号 R459 ⇒ 檜原湖1周 ラビスパ裏磐梯(入浴) ⇒

  裏磐梯ドライブイン(昼食) ⇒ R459 R115 土湯 R459 塩沢 ⇒ 安達

 

 

 3年前、霧と雨のため登頂を断念した飯豊連峰にリベンジ。

 晴耕雨読の生活で、5,6月は田植えと雑草の防除、夏場はどんどん伸びてくる田畑や農道の草刈りに追われ、また今年の夏はすっきりと晴れ渡る日が無く、我が家から見える安達太良山もいつも霞んでいて、今年はまったく山行が出来なかった。
 9月に入り大気も澄み始めて、山も輪郭がすっきり見えるようになってきた。農業の方も、田の畔草刈りを済ませ稲の穂も膨らみ田の水を切るようになると一段落。5日間の予定で飯豊連峰へ出かける。

 前日までに荷物を車に積み込み、夜勤明けに福島を出発。天気は上々、R115で土湯峠を越えR459に入り裏磐梯へ、檜原湖南岸を廻りこみ、西岸を左に離れるとすぐに道の駅裏磐梯がある。産直の野菜を見ていると、胡瓜が8本も入って100円で売られていたので購入、塩もみにして山での食糧に加える。昼前に喜多方に到着、情報収集も兼ね町の駅喜多方へ、桐や桑などの塗り箸の中から堅牢な樫の箸を購入。その後、喜多方らーめん会所属の店でラーメンライスの昼食。食後、市内のスーパーで食糧と衣類の追加を購入。喜多方から山都までのR459は曲がりくねった峠道を通る。一旦キャンプ場に入る道を通過し山都町市街地を一回りしてから午後3時前にはキャンプ場入り、シーズン終わりなので管理人は不在で、駐車場には8台ほどの車が止まっていた。管理小屋内に有る登山計画書に記入し提出。3時半頃に下山して来た人に山の様子を聞くと、昨夜は切合小屋で宿泊は10人ほど、夜は綺麗な月夜だったとのこと。夕方暗くなる前から飲み始め、ビールと喜多方に有る小倉酒造の「蔵粋(クラッシック)」を塩もみの胡瓜、秋刀魚の蒲焼、サラミをつまみながら飲む。7時すぎ早めの就寝。

 翌朝は、朝5時にいったん起床、外はまだ暗く、もう一度寝なおし、6時前に行動開始。コーヒーをいれ、朝食には、おにぎりとラーメン。

 今回の装備は、シュラフ・ガスストーブ・コッヘル(大・小・フライパンセット)・ミニマグライト・予備電池・レインウエア・ザックカバー、着替え・レスキューセット・薬各種とカットバン・携帯電話・カシオプロトレック。
  食糧は、御飯7食分・米3合・レトルトの牛丼、親子丼、カレー・缶詰2種・ラーメン×4・ラーメンの具・自家製梅みそ・ベーコン・インスタント味噌汁×6・カップスープ×3・コーヒー×5、行動食用にソーセージ・チーズ入りかまぼこ・塩もみ胡瓜・ミニサラミ・チョコレート・ビタミンC入りノド飴・柿ピーナッツ・ポテトチップ。
飲み物は、飲料水3g・ビール350cc×4・日本酒500cc×3

 薄暗いうちから朝食をすませ、パッキングにかかる35gのザックはあまりにも小さい、何度も入れ替えながらパッキングするが入りきらない。ビールと日本酒の量を減らし、さらにシュラフと雨具をサブザックに納めザックの後に取りつける。ウエストポーチをつけ、ザックの後ろにサブザックを付けたなんとも言えない親亀小亀を背負っているような格好になる。時間も7時近くになってしまった。

 空は快晴だが、まだ朝霧が残る。車止めのゲートから砂利の車道を歩く、栃の実が道路にたくさん落ちている。10分程で川を渡り、御沢の大杉・栃を過ぎるとその名の通りの長坂に入る。1年ぶりの登山に荷の重さも加わっているので、ゆっくりゆっくりと登って行く。霧が太陽の直射をさえぎり谷からの涼風が心地よい。長坂の途中で1人で下山中の人に出会う、今朝本山小屋を出てきたとのこと。しばらくして、もう一人さらに6人ほどのグループに出会う。登ってくる人の気配は無い。9時20分横峰に到着、やっと長い上り坂も一段落。横峰を出発するとほどなく地蔵山の分岐になる、地蔵山へのルートは流木などが道をふさぎ荒れている。今回は地蔵山にはいかずトラバースして水場の横を通る。ここの水場(峰秀水)は登山道から3〜4mほど下に有り水量も豊富。少しえぐれた土壁のあちこちから水が染み出ていて一番水量の多い所に塩ビ管がさしてありその水を木で組んだ枡で受けている。冷たい水で汗を流しのどを潤おす。水場を離れ三国岳方面に向かうとこのルートの最大の難所、剣が峰である、両側が切り立った岩稜が幾重にも続く。南から吹き上げてくる風と霧とで前方が見え隠れする。クサリ場をいくつか越え右手に水場の看板が出てくるとまもなく三国岳に到着する。山頂に建っている三国小屋にて昼食。ソーセージとラーメンとサラミ、ビールは霧合小屋まで我慢し日本酒を少々。

 右膝に若干の傷みが出始めてきた、切合小屋まではアップダウンの続く稜線歩き。今度は西側の実川渓谷からガスが吹き上がってくるが天気は上々。2時過ぎに切合小屋に到着。先に進めば本山小屋まで行けそうだが、山では早出早着が基本なので今日は切合小屋泊り。事前に小屋に管理人がいることは確認済みだったが、今週末すぎに下山予定だとのこと。素泊まり2,500円、2食つけると7,500円、米3合を持ってくると割引で6,500円になる。米3合はもって来たのだが、荷物を減らすことを優先して素泊まりにする。西側はガスが上がって来て見えないが東側はすっきりと晴れあがっている。汗でぬれたシャツを着替え、ビールで乾杯。夕食にはまだ早いのでサラミとポテトチップを摘む。ポテチはそのまま食べても良いし、味噌汁やラーメンに入れれば具にもなる。3時すぎ若干早めではあるが夕食の準備にかかる。山では水は貴重なもの、この小屋は管理人が居る間は山から水を引いていて豊富に出でいるが、やはり大切に使いたい。今回持ってきた御飯のうち5食分はお湯で温める物で残りの2食分はお湯で戻すアルファ化米の山菜おこわ、大のコッヘルでお湯を沸かし御飯と牛丼の具を温める。温めに使ったお湯を小のコッヘルに移しラーメンを作る。大のコッヘルはお湯を沸かしただけなのでそのまま乾かせば良い。ご飯の入っている容器にそのまま牛丼の具をかけ、ほとんどの具はつまみとして食べ、汁気の含んだご飯は自家製梅みそ(今年自宅で作った梅干の種を取り食感の残る程度にたたき味噌と合わせアルミホイルの上で香りが立つまで炙った物を煮沸したビンに積めた物、酒のつまみにも良いしご飯に付けて食べても良い)で食べる。塩漬のきゅうりにもこの味噌をつけて食べる。食べ終わったコッヘルやご飯の容器はペーパータオルで拭きあげる。

 今夜の泊りは、自分1人かと思っていたら、4時過ぎに2人小屋に到着した、旧山都町、合併によって喜多方市山都支所の職員で登山道整備と今日は冬篭り前の準備に、小屋のトイレ横に設置されている、風力発電機の羽根の分解片付けにやってきた。今夜の小屋には自分と管理人の親子それと市職員2人の合計5人だ。5時過ぎには闇が迫ってきた。小屋に入りシュラフを広げ足腰のストレッチをしながら横になる。夜7時過ぎに外に出てみると星は見えなかったが、喜多方方面の夜景が煌いていた。

 翌朝は、残念なことから始まった。携帯電話が立ちあがらない(T_T) 圏外の場所では消費電力が大きいので、登りの途中も、圏外の時には電源をきって、写真を撮りたい時に立ち上げて使ってきた。今回の登山の前に、二つのアイテムを更新した。一つは時計で20年程前から愛用して来たカシオのプロトレック、2度の電池交換で防水機能もかなり怪しくなっていたが、いよいよサイドキーの操作がきかなくなってしまい寿命を全うした。最新のモデルが出たばかりだったのだが、早速購入。今までと同じ方位・高度・気圧・温度計測機能の他に、ソーラー電源に電波時計・潮の干満を見るタイドグラフ・月の満ち欠けを見るムーングラフと防水も10気圧から20気圧防水へとパワーアップした。
 もう一つのアイテムが携帯電話で、これもカシオのG,z−Oneが出た時から愛用して来た。実は以前に田んぼの仕事をしていたときに水路に携帯を落し、1台駄目にした経験から、防水(7気圧)機能のあるG,z−Oneが出た時に購入、今年の田植えの時また田んぼの中に落してしまい、20分ほど探してやっと見つけたのだが、全く影響の無いタフネスぶり。一つだけ難点だったのは若干重いこと、それとワンセグチューナー付きが一般化してきて欲しいなとずっと思っていたところに、新型G,z−Oneが出た。早速購入、確実にパワーアップのはずだった。購入後日常的には電源を切るスチュエーションもなく、写真を撮る時にカメラ起動後フォルダの変更に時間がかかることが気になることだったが、十分に満足のいく内容だった。今回始めて電源を切り、再立ち上げをしながら使用した。新機種は立ち上げにやたらと時間がかかる。以前のモデルでは、電源ボタンを長押しするとエンジン音(効果音の設定)と同時に一発起動だったのだが。今度のモデルは長押し後、ナウ・ローディングの画面が出てしばらく固まり、画面が変ったと思ったら今度はまたフォルダ変更の表示が出て、立ち上がりに1分近くかかる。機能が増えたのは解るが、起動時に何をそんなに読みこまないといけないのか。取りあえずすぐに起動して、各機能を使うときに新たに呼びこめば良いのでは無いだろうか。そんなことながら、3・4回オフオンを繰り返し、小屋に入り翌朝の為に4:50にアラームを設定し、パワーオフ後に就寝。
 しかしアラームはならなかった。バッテリーは満タンだった。圏外なのが悪いのかと、小屋の外の高台まで行って起動を試みるがローディングの画面で固まっていつまで待っても立ち上がらない。これでは写真も撮れない。その後、本山小屋到着時や飯豊山頂と時々起動を試みるが結果は同じ。下山後、購入したauショップに持ち込むも起動できず。購入後1月も経って無いので、同機種に交換できるが、起動出来ないのでデータを移せないとのこと。購入時前の携帯は、データ移動後データ削除して機械自体ショップに返して有る。電話帳やメアドのデータが復活できないのは困る。結局今は、代替機をを借りて、機械自体はメーカー送り。データが復活できるかは解らないとのこと。ショップからの連絡待ち。新製品でこういう障害がでるのは問題じゃないですか。カシオさん、復活と問題の解決を待ってます。

 そんなこんなは有りながら、4時ごろには目が覚めシュラフの中でまどろみながら過し、他の人のアラームで5時に起床。防寒のために雨具の上を羽織って、小屋の外の炊き場で、湯を沸かしコーヒーを入れ、朝昼2食分のご飯を温める。ベーコンを焼き、お湯は味噌汁に使う。ベーコンは油に塩分を含んでいるので、フライパンに出た油もすべてご飯にかける。きゅうりもまだ有る、保存性も考え塩を足しておく。
 5時に起きた役場職員の内の1人は、ヘッドランプに灯りをつけ、草履塚の先の姥地蔵まで往復すると言って出かけていった。地平線の先の雲間に朝日が上ってきた。今日も良い天気だ。磐梯山や吾妻安達太良の連峰がくっきりと見える。北北西の方角には飯豊本山も姿を現わす。

 6:15小屋出発。西の方を望むと大日岳の山頂は、帽子の様な雲をかぶっている。飯豊山と大日岳との間の谷の上部には万年雪の雪渓が残る。この山域では、9月の終わりには初雪が降る。1時間ほどで姥地蔵(姥権現)に到着、切合小屋の親爺さんからご利益が有るからぜひ拝んで行くように言われて来たので、登山の安全等々祈願して行く。親爺さんの話では昔は新潟から登ってきた人は新潟の方に、福島からの人は福島の方に、地蔵様の向きを変えて行ったそうである。
 さらに幾つかのアップダウンを繰り返すと広い砂地のガレ場になる。水場の分岐の標識が出てきたら本山小屋はもうすぐ。切合小屋から2時間ほどで、本山小屋に到着。今日はここから、大日岳までの往復。小屋の中に荷を下ろし、サブザックに昼食と行動食・雨具・飲料だけを持って行く。今夜の分のビールと日本酒は、小屋の外で冷やしておく。30分ほど休んで、まずは飯豊本山へ、今日も南方の実川渓谷側からガスが上がってくるが、空は青天、はるか日本海側の平野部まで見渡せる。高度を下げ駒形山を過ぎると、右手下方に、たて30m幅100mほどの大雪渓が広がっている。大日岳はガスで見え隠れしている。荷が軽いのでかなり早く御西小屋に到着。さらに高度を下げ文平の池の先の熊笹帯を抜けるとまた登り返す。汗を拭きながら、ゆっくりゆっくり登って行くと飯豊連峰の最高峰大日岳に到着。砂礫とはい松の広がる山頂。日本酒とソーセージで乾杯。今日は小屋を出発してから誰とも有って居ない。飯豊連峰1人じめである。山頂でもっとゆっくりしてくる積もりだったが、虫が多い、汗とアルコールの臭いでさらに集まってきたのだろうか。早々に山頂を後にする。長い下りに又、右膝が痛んできた。小西小屋で昼食、朝のうちに温めておいたご飯に缶詰の蒲焼を汁ごとかけて食べる、きゅうりもまだある。日本酒は昨晩、500cc1本のほか3分の1ほどあけてしまったのと大日岳で飲んだので、今の手持ちは500ccの半分ほど、今夜の分は本山小屋で冷やして有るので2本目も飲み干す。ここから、飯豊山はまではゆるい登りが続く。午後3時過ぎに本山小屋に到着。膝もだいぶ傷んできた、服を着替え念入りにストレッチ。

 4時過ぎ、早めの夕食、小屋の中に幅90cm奥行60cm深さ10cmほどの内側にアルミ板を貼った煮炊き台が有る。冷やしておいたビールと日本酒を取り出し。今夜は、親子丼とラーメンきゅうりに梅味噌・ソーセージ・チーカマ・ミニサラミ・柿ピー・ポテトチップもまだ有る。それらを煮炊き台に広げ、一人占めの小屋で、食べかつ飲む。
 夕陽が、小屋にさしかかってきたので外へ、大日岳や飯豊山のシルエットの向こう、地平線と並行に広がる雲との間に、日が落ちていく。かえすがえすも写真が撮れないのが残念。手帳にスケッチしてみた、1ページでは入りきらずに2ページにわたり描いたが、へたくそすぎる。(T_T)
 そうして、夕陽を眺めていると、小屋のほうから人の声。この時間になって、2人登って来た。もうすぐ真っ暗になるというのに、かなり危険かつ非常識な登山者だ。自分は小屋の1階に荷物や煮炊き台を置いていて、「2階は昼間の熱気がこもっていて暑い」と言ったのだが、2人は2階に登っていった。7時過ぎ、シュラフを広げ横になり足腰のストレッチ。

 山小屋では、8時消灯で煮炊きがが出切るのは朝4時以降。2階からは、「12時前には寝れませんよ」などと言う声が聞こえてくる。8時過ぎ1人は早速眠ったようでいびきをかきだし、もう1人はまだ「ガサゴソ」している。「ガーゴー」といういびきと「ガサゴソ」の音が響いてくる。小屋の外に出ると喜多方や会津市街の夜景と反対には新潟方面の夜景が広がっていた。

 朝は、風の音で目が覚める、外は昨日までとうって変って深い霧と強い風が吹き荒れていた。時刻はまだ、3時だがガスの煙で明るく見える。4時になるのを待って、コーヒーを入れる。朝食はカレーライスとふかひれスープ。

 5時45分、小屋出発。この頃には、風もおさまった。荷物も減り、サブザックもやっと収納できた。テント場まで降りて、水場に降りる。砂礫から染み出している水にペットボトルを切った物が挿して有る、水量はペットボトルの飲み口の4分の1程度。今回の水用の入れ物はソフトシェルの物で水が減った分小さくなり、空になったら丸めて仕舞っておける。満タンで4リットル入るが1リットルほど入れて出発。姥地蔵に着く頃にはすっきりと晴れ渡った。アップダウンを繰り返しまた膝が痛み出す。切合小屋に近い場所で、年配の夫婦に出会う、切合小屋泊りで今日は、飯豊山まで往復し切合小屋にもう1泊とのこと。切合小屋で水の補給、今日は暑くなりそうだ。

 三国小屋に着くと、先に2人の人が休んでいた。1人は、本山小屋まで、もう1人は御沢まで降るとのこと。ソーセージと最後の1本になったきゅうりを食べながら休んでいると、1人登って来て後から来る人に「先に行っているから、ゆっくり来なさい」と、声をかけ伝言を頼んで、すたすたと行ってしまった。足もとはなんと長靴である。安達太良山のくろがね小屋で長年管理人をしてきた人は、長靴でも有名だったが、安達太良には岩場が多く無いし、まして鎖が掛かっているのは山頂の溶岩ドームだけである。この山域では剣が峰をはじめたくさんの岩場クサリ場がある。10分ほどして、6人のグループが登って来た。話をすると、先ほどの長靴おじさんは本山小屋の管理人とのこと。グループを先導して来たのかどうかは解らないが、とてもペースに着いて行けずに疲労困憊の様であった。今日から土日と秋分の日との飛び石連休、多くの登山者が山に入るだろう。

 剣が峰の岩場、先一昨年には雨風霧の3拍子で崖下に落され無い様に恐々渡ったが、今日は天気晴朗秋風が心地良い。地蔵山の水場には、一昨日小屋で一緒になった役場職員が着けたのであろう新しい標識が着いていて上から吊ってあるマグカップのひもの長さも調整されていた。水場で休んでいると1人の登山者が、三国小屋を先に下りた人に似ている、三国〜横峰の往復トレーニングか?話す間も無くあっという間に通り過ぎて行ってしまった。この頃から登って来る人に出会いだす。

 横峰で、ソーセージとチョコレートで栄養補給、いよいよ長坂だ。右膝の痛みがいよいよ激しくなる。普通の降りは良いのだが、段差になっているところが駄目だ。右足を曲げて降りるのが辛いので、段差のたびに足を踏み替え右足着地で降りる。昔は折りたたみの杖を持って山に行っていたこともあったが、山へのダメージを考えて止めた。最近はダブルストックの登山者が多いが、登山道は穴だらけ木の根やコケ類も傷つけ、後ろの人に危ない持ち方をしている人も居る。せめて先端にカバーを着けるぐらいのことはして欲しい。

 飴をなめたり、チョコを食べたり、気を紛らせながらゆっくりゆっくりと降る。水の消費も多くなる。中十五里でまだ残りに余裕はあったが、水場(銀明水)まで降りる。コケのはえた砂礫のあちこちから水が慕ったっているが水量は多く無い、まとまって出ているところも無く汲み取る場所が無い、くの字に曲がった枝を段差の所に置いて、水を集めて汲み取る。

 時間をかけて降ってきたので、キャンプ場着は午後2時になった。キャンプ場の駐車場には10台ほどの車が停まっていた。濡れた服を着替え、体を拭く、登山靴を脱いだ時の開放感がたまらない。しばらく休んでから、川沿いの林道を車で走り「いいでの湯」へ、入浴前に食堂で山都の名物のそばを天ぷら付きでいただく。今年のそばが出るのはもう少しさきで、10月に新そば祭りがある。「いいでの湯」は入浴料500円。茶色がっかった源泉浴と透明な一般浴に露天風呂もある。良く来ているという人に聞いたら、源泉は砂が混じったように不透明でそれを漉したのが透明な温泉らしい。湯船の中で足や腰の筋肉を揉み、曲げ伸ばしする。
 この3日で、クーラーボックスの氷もすっかり溶け中のビールも暖まってしまった。川の水で冷やしても良いかなと思ったがキャンプ場からの途中で冷たそうな水が山から出ているところがあったので、そこまで戻り、クーラーボックスに水を入れビールと日本酒を冷やす。
 山都市街地まで移動し、夕食は県道16号線沿いのラーメン屋に、ラーメンに餃子とご飯。あたりはすっかり暗くなってきた。

 今夜の泊りは、地図で見つけた森林スポーツ公園、地図では役場の支所や中学校からそれほど遠くないように感じたのでその近くをぐるぐる廻って半分諦めかけながら、市街を離れてやっと見つけ出した。しかし、入口やあちこちにものものしく熊出没注意の看板がある。入り口近くにある管理塔の前の案内板を見ると、かなりの敷地にキャンプ場を含めいろんな設備があるようだ。
 キャンプ場に着いたのは、8時近くになっていた。早速椅子やクーラーボックスを出す。ビールも飲みごろに冷えている。見上げると満天の星空だ。

 翌朝は雨になっていた。車の中で朝食をとりゆっくりと過ごす。県道16号を通り喜多方へ、R459に移り裏磐梯方面に向かう。スパリゾートのラビスパ裏磐梯による予定。雨は降ったり止んだりしている。9時40分にラビスパに到着するも営業時間は10時から。先に檜原湖を回ってくる。あいにくの天気だが日曜日なのでかなりの数の釣り舟が出ている。
 10時10分、ラビスパ裏磐梯に入る。ここは、地下1階地上2階建ての、温泉にプールやサウナも備えた総合スパリゾートだ。通常料金が温泉・休憩が500円プール・サウナ利用は1500円で、夏季料金は若干高くなる。500円を支払い早速温泉へ心身ともにリラックス。温泉を出ると11時半になっていた。温泉と同じ1階に200名収容の広い無料休憩室が有り。大広間の片隅では、ラーメンやつまみ・おにぎりなどを販売している。また、地下にはレストランも有る。

 スパを出て、檜原湖南岸に有るドライブインで昼、やっと雨が上がった。今日も天ぷらそば。檜原湖を離れ、R459からR115に入り、土湯峠に向かう。途中の道沿いにきのこの直売所が軒を連ねている、寄って行くつもりだったが車が一杯で結局寄れなかった。帰りにauショップにより、携帯はメーカー送りになった。夕方には無事帰宅。今日は悪天候だったが、登山中は好天に恵まれた。返す返すも写真が撮れなかったのが悔やまれる

 

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