連れて行かないで


一瞬、目の錯覚かと思ってしまった。
影が見えなかった。
ごしごしと目を擦る。
眩しく輝く西日は山並みの向こうへと落ちて行き、辺りは緩やかに夕闇に包まれ、
背後に延びる影は長く、けれども段々と闇へと同化を始めている。
そのせいもあるのだろうか。


手を伸ばし一歩先を歩くゼロスの服の裾を掴む。


「っと、なんだよハニー。」
「え…あ、いや…。」


影が一瞬見えなくて、そこにいる事を己の手で確認したかった。
ゼロスの足元に目をやると、確かにそこには影がある。
自分よりも背の高い彼の影は、やはり自分の影より長く地に映している。
ここにいるという事。
見えなかったのは俺の見間違い。


「なになに〜?一緒に歩きたかったの〜?」


そうならそう言えばいいじゃないの〜。
不審に思うわけでもなく、いつものようにへらへらと返してくる。
でもきっと心とは裏腹で、見通されてしまっている気がする。


「何でもないって。悪かったな。」
「んん〜別に良いけど〜。」


それ以上追求はせずに、今度は並んで歩き出す。
ここにいるのに。
ちゃんとここにいるのに。
何故そう思ってしまったのか。
命在りしもの、そこに存在する証明でもあるかのような影。
魂を映しているのかもしれない。
日が落ちれば影は消え、再び陽か昇ればそこに映し出す。
やがて訪れる闇へと連れて行かれるかと思えてきたから?


怖かった。


宿に落ち行くと、それぞれの部屋へと落ち着く者、買出しへと出掛ける者、街を見回りに行く者と
と別れ別れとなる。
互いに声を掛け合い、行き先を告げる事だけは忘れずに。
夕食も各自が好きな時間に食堂でとる事となっている。
皆2人部屋で、いつものように相方はゼロスだった。
早めに夕食と入浴を済ませ、自分のベッドに腰掛て剣の手入れを始める。
疲労も溜まっているのか、体も重く感じられた。
寝るのも早めにしてしまおう。


「ハニーさぁどうしちゃったのよ〜今日は。何か悩み事〜?」


自分の後から入ったゼロスが、部屋に備え付けられた簡素な浴室から出てきた。
髪から滴る水滴をタオルで丁寧に拭き取っている。
別に・・・と言葉を濁したが、目の前に立たれ見下ろされると無言の威圧が掛かって来ているようにも思え
答えぬ訳には行かなくなってくる。
元より長身でもあるが、それ以上にその夜明け前の、明けの明星輝く空を思い起こさせる瞳に見つめられ
ると、逃げられないと、背後に壁があるわけでもないのに壁を感じてしまい追い詰められた気分になる。


「…影が。」
「影?」
「影が一瞬見えなくって…。」


消えてしまうのでは無いかと。
連れて行かれて仕舞うのではないかと。
明ける事の無い、闇の世界へと。
お願いだから。
連れて行かないで。


「どこにもいかないよな?」


ここにいるよな?


「どこってどこよ、ロイド?」
「う…。」
「ここにいるだろ、ロイド。」


軽く音を立てて口付けてくるのそ唇は、温かい。
体内に絶えず流れし血潮の証。


「ちゃんとここで生きてるだろ?」


両頬に手を当てて至近距離で見つめてくる。
以前のゼロスからは伺えなかった穏やかな笑み。


「うん・・・。」
「どこにも行かない。ずっと一緒にいるって約束しただろ?」
「うん」
「ロイドがいらないっていうのなら別だけどな。」
「ばっ…!馬鹿な事いうなよ!!」


なぜ連れて行かれるなどと思ったのか。
彼の奥底にある闇は完全に払拭し切れていない。
だからなのだろうか。


「ロイド…。」


ゆっくりとベッドの上に横たえられえる。
両手の指を絡ませあって、シーツに押し付けられるともう逃げられない。
否、逃げる気なんてきっとどこにも無い。
額への口付けは始まりの合図。


「じっくりた〜っぷり実感させてやるよ。俺様を。」
「…っ。ゼ、ロス。」


ならば。
その闇を照らす光となれ。
訪れる朝の陽の光を背負い、闇から引き戻せ。
痺れども絡め繋いだ手を離さずに。
目覚めた後の口付けを交わし、今在る事を身に刻もう。


連れて行かないで?


俺がどこまでも連れて行けば良い。


FIN


反語っぽく。