「地に根差して」



「ブルー、またここに居たんですね。」
「ああ、ジョミー…。」


静かな森に囲まれた丘の一画に佇む一軒家。
豊かに生い茂る動植物達と彼等と共存し生きる様々な人種の人々、それらを眼下に望む事の出来るテラス。
ブルーの特にお気に入りの場所の一つだ。
今の時期は木々が芽吹き始め、競うように愛らしく手に余るような大きさの花々が大地に溢れている。
家の裏には生えている桃の木も見事に花開いていた。
流れる風も穏やかで温かくどこか甘く、ずるずると隣室から引きずってきた長椅子に深々と身を任せると惰眠を取らずにはいられなくなる。
長椅子自体は随分と軽い素材で出来ているので、移動させるのには苦労は掛からないし、長椅子と言うより爪先まで悠々と伸ばせる様な座椅子といった感じだ。


「また長椅子まで持ってきて…。」
いつもの事だけどと少々呆れ顔のジョミーを顔だけ動かして見やった。
「君も一緒にどうだい?今日は最高の昼寝日和だ。」
「今日はじゃなくて、今日もでしょう。」
「確かに…。」


言われてみれば全くもってその通りだ。
長い冬を越えて、日差しが暖かくなってきてからは時間があればここで外を眺めている。
日々何時間見ても、見飽きる事は決してなかった。
最も天気は毎日晴れと言う訳では無いし、仕事もあるからそう長い時間ではないだろう。

その上、

「いくら晴れてても午後も2時を過ぎれば陽は傾き始めるんですよ。調子に乗っていつまでも此処にいたら身体が冷えるっていつも言ってるでしょ。それで風邪でも引いたらどうするんですか。」


ジョミーがいつもいつもそんな自分を発見しては、そう言って3時前には家の中へと追いやってしまう。
もう少しと渋っても今度は、「もうお茶の時間ですよ」、と言われればそれまでで膝掛けている薄手の毛布も半ば強引に剥ぎ取られ体を起こされてしまう。
椅子の傍に脱ぎ捨ててあったスリッパに足を入れ、腰を浮かすと待ってましたと言わんばかりにジョミーが長椅子を室内へと引きずって戻していく。
いくら屋根があるテラスだからと言っていつ天候が変わるとも分からないし、出しっぱなしには出来ない。
仕方が無いなと苦笑しつつも、心のどこかでそんな有触れた日常生活の一部に喜びも感じているのも確かなのだ。
自分はジョミーが決まった時間に起こしに来てくれる事を待っている。起こされればちゃんと目が覚める事を知っているから。
なんて子供じみた発想だろうか。転んでしまって痛みにぐずりながらも、親が起こしに来てくれる事を待っている幼子のようだ。
甘やかされてるな…。


「ブルー、すること無いなら先に言ってて。」
すぐ行くから。


「さて、と…。」


ああ、分ったよと二つ返事で茶の間に足を向かわせる。
ジョミーは椅子を定位置に戻した後、テラスに面したガラス戸に鍵を掛けてからくるだろう。
お茶の準備でもと思ったけれど、もう既にメインのおやつを残すのみのようだ。
泡色合いの揃いの湯飲み茶わん。急須に茶筒。取り分ける為の小皿。汚れてしまうであろう手を拭くためのおしぼり。


「今日は和菓子だね♪」
「あったり〜♪」

いつも間にか片付け終えたジョミーが来ていた。

「今日は和菓子、クリーム入りの大福と桜餅!」


いそいそと棚から小さな紙袋を取り出す。
地元の街で定評のある和菓子店の紙袋だ。
開封するとフワッと甘い香りが漂ってきて何とも食欲をそそる。
ジョミーが小皿へ並べるのを脇目にお茶の用意に取り掛かった。
茶筒を開けて急須へ適量の茶葉を入れ、傍に置いてあるポットからお湯を注ぐとこちらも緑茶の香りが湯気と共に漂ってきた。


「溢しても火傷したりしないで下さいよ。」
「溢しても手じゃなくてテーブルにだから、大丈夫だよ。」

溢すこと自体あまり大丈夫ではないけれど。

「じゃあ頂きましょうか。」
「うん。」


まずは大福。
一口頬張ると口の中に餅と粒餡と甘さ控えめの生クリームがフワッと広がってくる。
美味しい。


「ここのお店のお菓子好きですよね〜。」
頬っぺた緩んじゃってるよ。そんな顔を見てるとこっちまで嬉しくなっちゃう。
「うん。この餡子が好きなんだよね。あ、もちろん美味しいものは何でも好きだよ。」
美味しいものを美味しいとこうして頬張れること自体、至福の時だ。

まぐまぐと食べているとそう言えば、と
「ブルー、そんなに緑が好きなら寝てばかりいないで何か育てたら?」
いつもいつも眺めているだけって言うか、長椅子をわざわざ持ってきて昼寝しているだけみたいだし。
もう少し体動かしたら?


まぁそれも有かな。
昼寝の時間はひどく穏やかで安らぎを得られるが、そればかりでは少々時間が勿体ない気もする。
時間はただ過ぎていくだけ。


そう言えば、この前出掛けた時に歩った商店街のホームセンターや花屋に様々な苗木が並んでいたな。
聞いた事の無い苗も随分とあった。
今はまだ小さな苗でしかないが、きちんと育てればやがて美しく花を咲かせるだろう。
どんな花となるかはそれまでのお楽しみ。
それこそ苦労して育てた成果の表れだ。
最も別段植えなくてもこの家の周囲には十分に生い茂ってる気もするのだけど…。


ふと思い立つ。
「木にしようか…。」
「木?種から育てる花じゃなくて木ですか!」
なんでまた。
無茶言うなぁって顔をしてる。
まぁまずは小さな鉢植えに何か花の種を植える辺りから始めるのが妥当だろうし、知識としては在っても行動に移した事も無いから無茶と言えば無茶だな。
「いやここの庭、桜が無いなと思ってね。」


商品として並べられた苗木の中に、桜の苗木だけが置いてある一角があった。
枝垂れ桜、山桜、ソメイヨシノ…あとは何があっただろう。
春の象徴、蕾から花開きやがて散りゆくその様すら美しい。
この地に生まれ変わるアノ頃は、知識の一つとして知るに留まるだけで実際に目にした事は一度足りとて無かった。
心秘かに恋語がれていた思いはまだ確かに残っている。


「うん、桜にしよう。丈夫な苗を買って末長く立派で誇り高い木に育てよう。」
庭の良く陽の光が差すところ、どうせならあのテラスから見える場所が良い。
満開の桜の下でお茶をするのも、想像しただけで心躍るかのようだ
「だ、大丈夫かなぁ。」


不満というより不安な顔をしているジョミー。
まだこの地で巡り合ってから一年と経っていない。
アノ頃、変わらぬ願いを託し別れた時となんら変わっていないように思える。
口調も仕草も身の丈だって。
なんというい幸せ。
神が存在すると言うならば、これ以上の感謝はない。


「そう、君と僕、違えること無く巡り合えた記念に、ね。」


どうだろう?
嫌とは言うまい。
確信している。


「ずっとずっと見守っていてもらおう。」
「はい!!」


浮かんでいた不安はぱっと何処かへ飛んで行ってしまったようだ。
キラキラとまぶしい程に瞳が輝いている。


「じゃあ早速、明日にでも苗を買いに行きましょう!」
「今日じゃ無いのかい?」
即日実行に移すかと思いきや。
「今日はもう陽が傾いてきてるし、今から用意して出かけたら夕方になっちゃいますよ。」
だから駄目です。明日にしましょうね。


「そうだね。」
飲み切って空になった湯呑にお茶を注ぎ、啜りながら外を見やる。
やはり良い天気だ。
この儘なら明日もきっとよく晴れるだろう。
「ブルー、よそ見しながらお茶飲んだら口に入らないで零れますよ!」
「はいはい…。」

ジョミーの愛情の籠ったお小言と、めいいっぱいの甘やかしっぷりもしっかりと見ていてもらおうね。



Fin・


捏造ED後と言う事で…。