P3〜5位までです。

 

 夏の全国大会を控えた夏休み、帝光中学バスケ部の一軍は強化合宿として山間の宿を訪れていた。近くに地域で管理しているコミュニティーセンターも兼ねた体育館があり、周囲に年頃の少年達の心の唆すような娯楽施設もない打ってつけの場所だった。その為塾や林間学校でもよく利用されていて、宿の設備は整っていた。
 大会を控えているのもあって強化合宿とはいえ身体に負荷や疲労を溜めぬように配慮したスケジュールが組まれていて、自由時間もそれなりに取られていた。大概は夏休みの課題を少しでも減らすべく机に向かっていて、緑間もその一人だった。
 時間を見つつそろそろ休むかと緑間は教科書とノートを閉じ、机の上を片付ける。寝る前に一息付こうと小銭だけを持ち部屋を後にした。ホテルの自販機には生憎とお汁粉がなかったので渋々ココアを選び部屋に戻り掛けたところで、見知った陰が廊下の角を曲がっていくのが目に入る。

「黒子か」

 この先はエレベーターホールだ。バスケ部は監督ら指導者以外の生徒達は皆同じフロアに宿泊していた。こんな深夜に監督が呼び出すわけもない。ならば身一つでどこへ向かったというのか。
 エレベーターホールには既に黒子の姿はなく、エレベーターが止まった先は一階となっていた。

「外か? 夜間は外出禁止だというのに・・・」

 いらぬ世話かと思いつつも緑間も一階へと降りていく。
 フロントをぐるりと見回したけれど黒子の姿はどこにもない。やはり外か。カウンターに夜間スタッフが立っていたが、黒子ならば誰に気付かれることもなく安易に通り抜けられる。
 ホテルのスタッフに外のベンチにタオルを忘れてしまったかもしれないと、適当な嘘を言って緑間も外に出た。

「全く……どこへ行ったのだよ」

 ホテルの敷地内は外灯があちらこちらにあり、歩き回るのには苦労しない。とはいえここは山の中で、行ける場所も自ずと限られてくる。
 少し考えて散策コースのある右手へと向かった。気分転換に散歩にでも出たのだろうと思ったからだ。

「あれか」

 少し歩いたところで力無い足取りで前を行く黒子の姿が目に入る。周囲に人がいない為かミスディレクションは既に解かれていて、労せずに彼を発見出来た事に緑間はほっと胸を撫で下ろした。が、それも束の間、突然コースを外れたかと思えば、木々の中に入っていく黒子を慌てて追い掛ける羽目になった。

「どこに行くのだよ……!」

 こんな夜中になにをしているのだと舌打ちながらも放って置くことも出来ない。
 声を荒げて呼び止めたい衝動にも駆られたが、静まり返った深夜の山中でそんな事をしたらただの騒ぎで収まらない事態になりそうでそれも儘なら無い。
 木々に遮られて何度も黒子の姿を見失い掛けながらもだんだんと縮まる距離に緑間はほっと息を吐いた。
 しかしそろそろ追ってきている自分に気付いても良さそうなのにその様が一向に見られない。体力のあまりない黒子の事だから、日中の暑さと部活動で疲労困憊なのかもしれない。
 もうこれはさっさと黒子を捕まえて宿に戻り休ませる他無い。それが今の最善策だ。
 植え込みを越えようとした所で緑間は足を止めた。

「公衆電話……?」

 こんな場所に合っただろうか。全く気付かなかった。
 黒子の目当ては公衆電話だったようで、その前に立ち止まり迷うことなく受話器に手を伸ばす。
 電話機なら宿にもあるのにわざわざここまで来るのは誰かに聞かれるのを避けたかったのだろう。そう判断した緑間は通話が終わるまでこの場で待つ事にした。幸い黒子の声は小さく、内容が緑間の耳に届きはしなかった。
 木に寄り掛かり少々温くなったココアに口を付ける。本当は部屋でゆっくり味わい疲れを癒したかったのに。

「何してるんですか、緑間君」
「うおっ!」

 いつの間にか通話を終えたらしい黒子が側にきていた。緑間の顔を見上げながら小首を傾げている。

「それはこっちの台詞だ。夜は外出禁止だというのに勝手に出ていくんじゃない」
「どうせ誰も気付きませんよ。物好きな君を除いて」
「誰にも気付かれないというのが問題なのだよ! 何かあったらどうするんだ」
「それで心配してわざわざ付いてきたんですか」

 憤慨する緑間を見ても黒子は何が悪いのかと言わんばかりに顔色一つ変えない。冷めた表情で「別に」と呟き、くるりと背を向ける。

「僕に何かあったところで誰も困りませんよ。滞り無く始まり、終わるんです。ただそれだけです」
「黒子……」
「そうでしょう?」

 黒子の言わんとしている事は緑間にもすぐに分かった。でも「その通りだ」と答えられず黙りこくってしまう。

「……戻りましょうか、ホテルに」
「あ、ああ」
「君に何かあっては困りますので」

 黒子が先に立って歩き始めるのを慌てて追った。

「電話がしたかったのなら宿にもあっただろう」
「見ていたんですね」
「聞こえてはこなかったから安心しろ」 

 言い訳くさい気もするが事実だから他に言いようがない。 

「聞こえていても問題ないですし、そうだとしても君は周りに言い触らすような人ではないでしょう。それに明日の朝には忘れてますよ、きっと」
「記憶力は悪くないのだよ」

「いいえ」

 ぴたりと足を止め、黒子が振り返った。

「忘れてますよ」

「だって君には関係ないことですから」

 

「君には関係のないことです」

 本当に何気ない台詞だった。機嫌が悪いから、でも喧嘩の最中だったからでもなく会話の流れから出た言葉だ。
 互いの学校生活についての話題で、ちょっとした愚痴を黒子が口走り、それについて呆れ半分で応答した自分に対し放った言葉。
 次いで「まあな」と言った自分もそれを見ていた黒子も互いに学校生活では間々ある仕方のない事だと苦笑し合い、次の話題へと移っていった。
 もうその時の話の内容すら曖昧だ。
 なのに、

『君には関係のないことです』

 という黒子の淡々とした口調だけは緑間のなかにいつまでも残り、時折、思い出したかのように何度も脳内で再生される。
 どこで言われたのか思いだそうとしたけれどどうにも儘なら無い。

「前にも同じ事を言われた気がするのだが」

 もやもやして気持ちが悪い。気持ちを切り替えようと顔を上げて青い空を仰ぐ。
 気分転換も兼ねて昼食は外で取ろうと弁当と飲み物、文庫本を持って花壇脇のベンチまでやってきた。
 桜はとっくに散ってしまったけれど、緩やかな風に乗って植えられている草花だろうか、甘い香りが流れてくるのに緑間は目を細めた。

「真ちゃん何難しい顔してんの。腹痛くて食べられないっていうなら弁当の残り俺が貰ってやるよ」
「体調は万全なのだよ」

 自分の分はほとんど食べ終えてしまった高尾が手元を覗き込んでくるのを追い払い食事を再開する。

「考えごと?」
「思い出せないだけだ」
「あー分かる分かる、上手く出てこなくて喉に詰まってる感じっしょ。何で思い出せないの!ってイライラするんだけど自分の中のことだから周りに当たりようもなくってさ。つか真ちゃんでもあるんだなそういうの」

 人間なら誰でも経験があるだろうに高尾は自分をなんだと思っているのだろうか。成績等とは関係ない次元だろうに。

「ラッキーアイテムでも補正出来ないわけね。なに、中学の頃の話?」
「そうだ」
「じゃあ黒子に聞いてみれば? 覚えてるかもよ」
「……その黒子のことなのだよ」
「じゃあ尚更本人に聞けよ。今日あれだろ、デートの日だよな」

 黒子とは大抵週一の割合で会っていた。都合が付きそうな場合はそれ以外にも、土日も同様だった。
 高尾と火神には当初隠していたもののいつの間にか黒子と交際している事がバレていて、今ではもう開き直って相談などに乗って貰っている。
 交際相手が同性という少々特殊な状況だけれど二人とも茶化したり周囲に言い触らすような真似もせず、見守っていてくれるようだ。

「そうだが……」
「なに、なんか問題あるの?」
「いや……、そうだな本人に聞くとしよう」
「そうしろそうしろ。それで駄目ならお汁粉がぶ飲みして寝ちゃえよ。朝起きたら忘れてるんじゃね」

 そういうものかもしれない。
 あまり引きずるのは公私共に芳しくないのだ。夏なんて目と鼻の先なのだから。
 緑間は頷き頷きながらも弁当箱に残っていた厚焼き卵に箸を伸ばす高尾の手をぱしりと叩いた。






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