うかどき こみ上げてくる咳に口元に手をあてがった。ごほごほと耳障りな音とともに、生暖かい乾いた息が指の隙間から漏れていく。 「黒子っちどうしたの、風邪っスか」 通学路の途中でばったり会った黄瀬と学校に向かっていた。隣を歩く黒子の様子に、心配そうに腰を屈めて顔色を伺ってくる黄瀬に首を振って不定しながら飴玉を転がした。 「これといって原因が思い当たらないんですよ。熱や頭痛もないですし・・・」 なにかあったら遠慮なく呼んでくれと言う黄瀬に、そんなに心配しなくても良いのにと思いつつ苦笑しながら頷き返した。 「どうしようもなくなったらお願いしますね」 そこまで悪化しないだろう。 「黒子」 練習後部室で着替えている最中に、背後から不機嫌なのを隠そうともしない声色で緑間が声を掛けてきた。 「なんだその、またかと言う顔は・・・」 またか、なんだから仕方ない。無意識に顔にも現れていたらしい。 「そうですか。で、なんでしょうか」 朝から喧嘩は遠慮願いたい。適当に流してさっさと終わらせてしまいたくて、ぶっきらぼうに聞き返した。 「黄瀬がお前の体調があまり芳しくないと騒いでいたのだよ」 ご親切に黄瀬は宣伝して回ってくれていたようだ。影が薄くて人に発見されにくいから、きっと周囲の人間に気を配ってやってくれとでも言っているのだろう。 「喉がいがいがするだけです」 緑間の背中越しに時計をちらりと見ると朝のホームルームには十分間に合う時間だった。が、黒子としては早めに教室に着いて読みかけの小説を開きたかった。 「な、なんですか」 目を見開く黒子を無視して掌ごしに体温を測った。 「熱はないな」 部室に残っていた他の部員達がなんだなんだとこちらの様子を遠巻きに伺ってくるけれど、大半はいつものがまた始まったのかと呆れながら身支度に戻っていく。 「風邪のひき始めに喉が腫れるタイプもいるのだよ」 払われた手の甲をさすりながら緑間は眉間の皺を一層深くした。 「自分のことがわかっていないだけだろう。きちんと体調管理が出来ていないのだよ」 そこまで言われる筋合いはない。このまま平行線を辿るだけだと判断して黒子はロッカーから鞄を出して扉を乱暴に閉めた。 「もう行きます」 くるりと自分に背を向けて部室を出ていこうとする黒子の肩を緑間はがしっと掴んだ。 「離してください。お説教はいりません」 着替え終えた紫原がスナック菓子片手にのほほんと緑間と黒子の間に入ってくる。空いているもう片方の手で黒子の肩から緑間の手を外し、諫めるようにその手首を痛まない程度に力を込めてぎゅっと握り込んだ。 「別に。たいしたことじゃないですよ」 突然の乱入者に険悪だった空気が多少和らいだ。当事者以外の部員がほっとする姿もちらほら見える。 「んー」 小首をかしげた紫原が早く行けと目配せしているのに気付き、黒子は手早く着替えを済ませると鞄を肩に掛けた。 「では」 律儀にぺこりと頭を下げて部室を出ていく姿を見送って、ドアを立てて閉まった後でようやっと紫原は緑間の手を離した。 「はい、いーよ」 解放された手首を見遣ればしっかりと跡が残っている。これはしばらく消えないだろう。 「なにをするのだよ、紫原」 紫原は残り僅かとなっていた菓子を口に突っ込んで、空となった袋を丸めてゴミ箱に投げ入れた。放物線を描いてぶれることなく落ちていく。 「黒ちん困ってたから」 それだけだよ。 「困っていたのか・・・?」 嫌そうな顔は確かにしていたし、緑間の行動に怒鳴り声も上げていた。 「俺は・・・」 黒子の体調を心配していたつもりなのだよ、と誰もいなくなった部室で一人呟いた。 跡の残る方とは逆の手を静かに開いた。ミルク味ののど飴が一つころりと転がった。 「あ、黒ちんみっけー」 移動教室のために廊下を歩いていた黒子の姿を見つけ、紫原が近寄ってきた。 「朝はありがとうございました」 頭をわしゃわしゃ撫でてくる紫原にひしゃげた声で礼を述べた。まめにうがいをしているけれど、あまり効果はないようだ。 「喉痛そう・・・声、変」 確かにそうだ。 ずいと目の前に差し出されたのは、のど飴の袋だった。 「新発売ってなってたから買ったんだけど、よく見たらのど飴だったんだよね。俺のど飴好きじゃないし」 だから、はい、と黒子に押し付けてくる。 「いいんですか?」 両手で受け取った黒子の姿に満足げに口の端を上げた。 始業のチャイムが鳴り出した。授業に遅刻してしまうからと、紫原と別れて急ぎ足で特別教室に向かう。 相変わらず喉はいがむけれど、体調に変化がなかったのでそのまま部活動に参加した。さすがに動いている最中は飴は飴は舐められないので、こまめに水分を補給している。 「なんですかね・・・」 さぼっているとでも思ったのか。 「めんどくさいです」 我慢の限界を超えてしまい、部活終了後に自主練習を行っていた緑間の元に足を向けた。 「どうぞ、緑間君」 タオルとスポーツドリンクの入ったボトルを差し出した。 練習に集中していたからか、無言で近付いてきていた黒子に全く気が付いていなかったようでびくりと緑間の肩が跳ねる。 「・・・っ!黒子、か」 頬の汗を手で拭う緑間にタオルを勧めると、遠慮がちに受け取り顔にあてがったので少し待ってからボトルを渡した。 「それで、なにか用か」 そうでもなければ、わざわざこうやって待っていたりはしないだろう。タオルとスポーツドリンクの差し入れは、話し掛けるきっかけを作るためか。 「用があるのは君じゃないんですか?」 違いますか、と小首を傾げながら黒子に問われると緑間はぐぅと喉を詰まらせた。拍子にスポーツドリンクが気管に入ってしまったらしくむせだす。 「いや、あれは・・・」 じっと見てくる黒子になんと答えようかと視線を泳がせながら、緑間は口元の水滴をタオルに吸わせた。 「はい」 いつもの緑間なら相手の心情などお構いなしに発言しているというのに、しどろもどろとボトルの蓋を開け閉めしている姿に黒子は呆れてくる。 「だから・・・だな」 待つだけ無駄な気がしてきて黒子は一端追求するのを諦めた。 「なにか言いたいことがあるのは理解しました。が、纏まらないようなので今日はもういいです」 ハーフパンツのポケットに常備していた飴を取り出し、空いている緑間の右手を掴むと掌に乗せる。 「紫原君に貰ったのど飴です。ミルク味で美味しいですよ。それでも舐めて考え纏めてください」 それじゃと言い残し黒子は体育館を後にした。扉をくぐる際に吐いた咳が静かな夜の体育館に響き渡る。 「ミルク味・・・」 体育館の片付けを終えると部室に足早に戻った。緑間が最後のようで、室内は蛻の空だ。 「黒子、か・・・」 言いたいことがあるのなら言えばいい。黒子は凛と視線を逸らすことなく正面から緑間を見据えてきた。 「体調は大丈夫なのか・・・。喉はまだ痛むのか、無理をせず部活も早めに切り上げるのだよ」 それだけだった。 「心底呆れていたな、あの顔では」 荷物を持ち照明を落として鍵を閉めると事務室に立ち寄り学校を後にした。 「紫原に同じ飴を貰っていたと言っていたな・・・」 ほんの偶然だったのだ。紫原が同じ飴を所持していたのは。 「もう必要ないのだよ」 自傷気味に一人笑って包みを開けて中身を口に放り込んだ。 「真太郎、風邪かい?」 休み時間中、緑間は部長を務めている赤司に呼び出され階段下の人通りの少ないスペースで次の練習試合について軽い打ち合わせをしていた。 「慢心は禁物だよ。声も掠れているね、喉も腫れてるんじゃないのか」 まさか練習後、きちんと汗を拭かずに夜風に当たって体が冷えてしまったから、とは言えずに言葉尻を濁した。 「すまないな」 苦笑する赤司になにも言えず緑間は肩を落とす。 「黒子もあまり調子がよくないようだな」 ああ、と頷き返すと赤司は驚いたような面持ちでだいぶ上にある緑間の顔を見返した。 「何日か前から、ずいぶん咳きが出ていただろう。本人は喉の調子が悪いだけだと言っていたが・・・」 今日の朝練でも人の群から外れた端の方で身を屈めて喉元を押さえる黒子を目撃していた。 「いや、テツヤのあれは・・・」 年頃の青少年がひしめく中に身を置いているのだし日常的に目にしているはず。自分自身で経験もしているのに他人だと案外わからないものなのか。 「赤司?」 もしかしなくても黒子自身もあれがなんなのか理解していなくて、喉が痛いだけと思い込んでいるのか。そう思うと赤司はおかしくなってくる。 「テツヤは一人っ子だったな」 声を上げて笑うのも黒子に失礼かと、赤司は腹に力を込めて耐え凌いだ。 「まぁ、テツヤは放っておいても大丈夫だよ。その内落ち着いてくるさ」 本人と家族が気付くまでそっとしておくのも道理だろう。わざわざこちらから指摘するのは余計なお世話だ。一生に一度の楽しみを奪ってしまう。 「テツヤよりお前だろう。」 悪化したら大人しく学校を休むよう口頭で注意して、赤司は緑間と別れた。 「どこ行ってたのー?」 頭部に頬をすり寄せてくる紫原の髪を撫でてやると気持ちよさそうに目を細める。 「みどちん風邪引いてるから、移っちゃうよ」 免疫力がしっかりしていればそうは移らないだろう。 「そっかぁ。移るんなら黒ちんだよね」 ちっこいしーと言う敦に、おや、となる。 「テツヤが風邪じゃないの敦は知ってたのか」 紫原ですらわかるのに、困ったものだと赤司はため息をついた。 「敦、本人に言うんじゃないぞ」 それにそっちの方が面白いしねと、付け足せば赤司にはどこまでも素直で従順な紫原が首を上下に振るのに満足げ口元を歪めた。 「テツヤ、とうとうマスクをつけるようになったのか」 黒子の顔の半分がマスクで覆われてしまっている。もともと小顔だからこうなるのはいたしかたないにしても、他にサイズはなかったのかと赤司は突っ込みたくなる。 「エチケットですよ」 今日は朝練がなかったから緑間が学校を休んでいるのを黒子は知らなかったようだ。緑間はあれだけの身長があるのだし、そこらを歩くだけでも即発見出来そうなものだけれどクラスも違うし知らないのも当然か。 「風邪で休みだそうだ。数日前から風邪気味だったしね、悪化したんだろう」 体調管理には万全を期している緑間が風邪をひくなんて、滅多にない。槍でも降ってきそうだ。 「ほんとうにね。あ、良かったら放課後僕の代わりに真太郎のところに使いを頼まれてくれないか?」 緑間の家には数える程度だが青峰や黄瀬たちと訪れたことが何度かあったので、迷いはしないだろう。 「他に頼むとどうにも危ういしね。ファイルとDVDを届けるだけなんだけど・・・」 赤司が誰を思い浮かべているのか安易に想像がついて黒子は苦笑した。 「良いですよ。行ってきます」 後でファイル等は渡すからという赤に頷く。 「風邪を移されないように、ですか・・・」 こんなにでかでかといかにも風邪ですとマスクをしている相手に不思議なことを言う。 その日の放課後、黒子は約束通り赤司からDVDとファイルを手渡され、緑間によろしくと言付かり学校を後にした。 「昨日は・・・どうでしたっけ」 普段から気が合わないと緑間本人からも言われていたし、自覚もあったので喧嘩や言い争いに発展しないよう接触を避ける傾向にあった。 「・・・・・・」 そういえば居残り練習をしていた緑間と話して以降、まともに会話をしていない気がする。 「考えが纏まるまで待つ、じゃなくて無理して言わなくて構わない、の方が良かったですかね」 まさか緑間の風邪は知恵熱からきたものだとは言わないだろうけれど、ちょっと申し訳なくなってきた。 「お使いがてらのお見舞いとはいえ、手ぶらも失礼でしょうか・・・」 ただ赤司からの依頼をこなすだけ、としか考えていなかった。が、緑間の見舞いも兼ねているのだなと今更思い至る。 「お汁粉よりゼリーなんかのが食べやすいですかね」 道すがら、コンビニにでも立ち寄ってなにか購入していくか。 「のど飴も良いですね」 紫原に貰った商品も並んでいる。少し迷って蜂蜜味のを選んだ。 「あら、黒子君・・・だったわよね」 何度か顔を合わせているので覚えていたようだ。 「こんばんは、緑間君に渡したいものがあって来ました」 黒子としては玄関先で用事を済ませ渡すものを渡して帰ろうかと思っていたので躊躇したものの、笑顔で上がるようすすめる緑間の母親を断れなくなる。 「すみません、お邪魔します」 緑間の部屋は二階ある。階段を上る黒子にお茶を部屋に持っていくからと言うので、それは丁重にお断りした。 「緑間君こんばんは」 緑間の自室のドアをノックする。 「く、黒子!?」 突然の来訪者に慌てふためく緑間の声がドアの向こう側から聞こえてきた。ばさばさとした音の後で、目の前のドアが勢いよく開かれる。 「こんばんは」 これだけ騒ぐ元気があるのなら風邪の症状は酷くないのだろう。 「そう、か。・・・とりあえず入るのだよ」 部屋の真ん中に布団が敷いてある。掛け布団が明後日の方向を向いているのは直前まで横になっていたためか。 「すみません、寝ていても構いませんよ」 布団の脇に設置してある木製のテーブルの側に座布団を敷くと、緑間は座るよう黒子を促した。 「これ、赤司君から預かってきました」 DVDとファイルを緑間に手渡すと、黒子はコンビニの袋を引き寄せた。 「それとこれ、お見舞いです」 テーブルの上に一つ一つ並べていく。 「アイスは今食べちゃいますか?スプーンも付けてくれましたし」 たまに忘れられてしまうが今回はきちんと二つ入れてくれた。アイスはちょっと溶けて食べるにはちょうど良い頃合いだ。 「わざわざすまないな」 気にするなと首を振った黒子の声を耳にした緑間がまた手を止めた。 「黒子・・・まだ喉が痛むのか?」 喉の痛みはなくなったが未だ声は掠れ気味だった。変に聞こえてしまっているのだろう。 「まぁその内戻るんじゃないですか」 危惧するような案件ではないだろうと黒子は残りのバニラを平らげて、空になった容器を片付け始めた。 「そうではなくて・・・。家族からなにか言われなかったのか」 季節の変わり目は体がついて行かず体調を崩しやすい。それこそ緑間のようにだ。 「緑間君この前の件といい、言いたいことがあるなら言ってくれませんか」 あれから数日経過している。そろそろ考えも纏まってきているはずだと思うし、いい加減聞かせてもらいたい。 「真太郎、晩ご飯どうする?」 と、突然部屋のドアが開け放たれ緑間の母親の明るい声が室内に響き渡った。 「あらやだ、ノックするの忘れてた」 失敗失敗ところころ笑う姿に黒子は苦笑した。お陰で気まずくなりつつあった空気も和らいだ。 「まだお粥が良い?それとも普通に食べる?」 熱は下がったがまだまだ全快とはほど遠い。さっぱりしたメニューが緑間には恋しかった。 「わかったわ。あ、黒子君の分も用意するから食べていってね」 そろそろ帰宅するかと膝を立てた黒子は予想外の発言に呆気にとられた。慌てて制止するもどこ吹く風で黒子は諦めるしかなく、それを傍らで見ていた緑間もやれやれと肩を竦めている。 「じゃ、じゃあご一緒させていただきます・・・」 腰を浮かせた体制で黒子は頭を下げた。自宅にも一報入れなければならない。 「遠慮しないでね。あ、そう言えば黒子君、さっきは気付かなかったけど声変わりしたのねー」 呆気を通り越して愕然となり中腰のまま固まってしまう。 「真太郎もだけど、一気に大人の男になった感じになるのよねー。小学生の頃はつるっつるの足だったけどだんだんとすね毛も生えてくるようになるだろうし・・・」 準備するから待っていてね、と去っていく後ろ姿を二人は見送った。 「黒子、いつまでそうしているのだよ」 ひとまず座らせるかと黒子の薄い肩に手を置くとびくりと体が跳ねる。ゆっくりと緑間の顔を見返してきた黒子の表情はぽかんとしていた。 「声変わりですか・・・」 ぽつりと呟いて元の位置に戻ったが、俯いて己の膝に視線を落とし暫くその単語を脳内で反復させた。 「黒子・・・」 気遣うような緑間の声にはっとして顔を上げた。 「緑間君、君気付いてたでしょう」 いつからですかと詰め寄れて緑間は背筋を冷や汗が流れるのを感じた。 「はじめは風邪だと思っていたのだよ!」 「本当なのだよ!だから、体調が芳しくないのなら休めばいいものをと思っていた矢先に気付いて・・・」 言ってしまってから緑間ははっとして口を噤んだ。見る見るうちに顔が赤くなっていく。 「僕に言いたかったことって、もしかしなくても今のですか・・・」 核心を突かれた緑間はぐぅと唸るしかなかった。 「そのくらい、そのまま言ってくれれば良かったのに・・・」 体を離した黒子は未だ赤い顔をしている緑間にすっかり毒気をぬかれてしまい、それ以上の追求を断念した。 「悪かったな・・・」 緑間らしいと言えばそれまでだけど、今回のようにいらぬ誤解を招く羽目になり、その結果困るのも本人だと緑間自身もわかっているだろうに。 「口で言えないなら紙に書くとかメールで送るとかすれば良いと思いますよ」 君の今後のためにもと付け足して黒子はテーブルに置きっぱなしになっている、のど飴の袋に手を伸ばした。 「改善の努力はするのだよ・・・」 のど飴を一つ緑間に押しつけ、黒子も口に頬張る。 「今から夕食だぞ」 それもそうかと飴を舐める緑間を眺めながら、なんともなしに喉をさする。前はなだらかだった中央にぽっこり盛り上がった部分があるが、これが喉仏か。 「なんか恥ずかしいというかこそばゆいですね」 授業で習っていても思春期だの二次成長期だの実際経験すると、どうにも居たたまれなくなってくる。 「悪くない声なのだよ」 「そんなものだ。いちいち誓言するようなことでもないしな」 思い起こせば黄瀬たちも、声変わりした!などと周囲に言って回るような真似はしていなかった。 「そのうち慣れてくるのだよ」 自然の摂理の一つに過ぎない。いずれやがて訪れるもの。 「はい黒子ちんこれあげるー」 部活動の休憩中、背後からお菓子をぼりぼりかじる音とともに現れた紫原がぽんと無造作に黒子の手の中に菓子の袋を一つ投げ落とした。 「また珍妙な味のお菓子見つけてきたんですか」 紫原はたまにこうやって一風変わった味の菓子を発見するたび、おっそわけだと少量を分けて寄こすとこがあった。 「うん、新作だって。イケるよー」 今度はなんの味かと目を走らせる。 「…赤飯味ですか」 赤飯。 「なんだそれは」 ボトルを手にした緑間が汗をタオルで拭きながら黒子の隣に座り込む。 「紫原君から貰いました。まいう棒の新作で赤飯味だそうです」 ぴっと袋の先端から切ってまいう棒を出した。確かにうっすらと赤みがかっている。 「緑間君も味見しますか?」 興味深そうに手元を見つめているのでどうぞと緑間の眼前に差し向けた。和菓子好きなのだからこのまいう棒も好みの味かもしれない。 「ふむ」 黒子の手から受け取って口に運ぶ緑間を見て今更ながら食べ掛けだったのを思い出す。折ってからにすれば良かったなと止めに入ったときにはすでに時遅し、緑間は黒子がかじっていた個所を口に含み歯を立ててしまった。 「なかなかだな…。どうかしたか?」 気まずそうに口元を凝視している黒子に緑間は手を止めた。 「あ、いえ…」 眉を寄せる緑間に、それもそうかと黒子は溜息をついて床に視線を落とす。 「間接キスになってしまいましたね」 黒子はげほげほと派手に咳き込む緑間に脇にあったボトルを渡した。 「なにを言い出すかと思えば…!」 しれっと言い返して黒子も乾いてしまった口を潤そうとスポーツドリンクに口をつけた。が、さっきと味が違う。 「すみませんこのボトル緑間君のでした。僕が飲んでたのそっちです。またやっちゃいましたね」 今日もまた始まったのかと他のバスケ部員たちが顔を見合わせている。 「赤ちん止めなくていいのー?」 言い争う二人を指差す紫原にああ、と緑間と黒子に目を遣り微笑んだ。 「なんとかは犬も食わないっていうし好きにやらせておけばいいさ」 赤司が言うことは間違いない。一人納得した紫原は別のスナック菓子に手をつけた。 「紫原っち絶対意味わかってないでしょ…」 二人の様子を伺いに近付いてきていた黄瀬はがっくりと肩を落とした。 「いいんだよ、これで」 休憩時間の終わりを告げるホイッスルが鳴ればきっと元通り。 終 |