うつむきがち7 あれ以来黒子と会う度に図書館の一室で密会めいたことをするようになってしまった。会う名目はもちろんいつもと変わらず勉強会、それが一通り終わってから密室に引っ込む。今のところ不審に思われている様子もない。 「黒子…」 そうして今日も今日とて甘ったるく黒子の名を囁きながら戯れじみた行為に没頭していた。 行為を終えて後始末をしていた。この部屋にも暖房は入るが弱めに設定してあるのか、室内はあまり暖まらない。 「緑間君は高校決まったんですよね」 はっとして顔を上げると渡したスポーツドリンクをちびちび飲んでいる黒子と目が合った。 「君のことだからさぞかし偏差値の高いところなんでしょうね」 お前も来るかと言い掛けて口を閉じた。黒子を困らせるだけに過ぎない。 ふっと安堵の笑みを浮かべたのは一瞬で、すぐに黒子の表情が憂いを帯びたものとなる。 「どうした?」 きっぱりと断言した。 「俺は自分のやるべきことをやった上でお前に勉強を教えている。自分自身のことで手を抜くなどあり得ないのだよ」 そこまで言っても表情は晴れなかった。 「黒子、疲れているのならば…」 家まで送る、早く休めと続けられなかった。荷物を纏める手を止めて黒子に顔を向けた。 「突然どうしたのだよ」 やはり疲労が蓄積しているのか。大事な時期だけれど勉強会は少し休むべきかもしれない。 「くろ…」 好意抜きにしてもあの頃出来なかった色々なことをしてやりたかった。罪悪感から逃れたいというのも一理あるだろう。 「俺は…自分勝手な男なのだよ」 ただそれだけだと自虐気味に薄ら笑う黒子に言葉が詰まる。 「力がないのならこれから…」 「君ならそう言うと思ってました」 そう言って寂しげに笑った黒子の顔が時折ちらついて忘れられなかった。 「本当に俺は勝手な男だな…」 ペンを机の上に転がした。授業は教科書をほとんど使用しておらず、三年間の総復習が主になっていた。ノートに纏める内容も少なくなってきた。 黒子にもスカウトは来ていたようだがどれも受けなかったらしいと桃井から聞かされていた。高校は一般受験なのだろう。私立ならもう既に終わっている可能性もある。用事、と言うのもそれに当たっているのか。 そろそろお役ごめん、か。 「緑間っち〜!」 校庭を眺めながら物思いに耽っていると黄瀬の脳天気な声が聞こえてき 「緑間っちってば!」 どうせ通じやしないの嘘泣きも止めやしない。高校へ言ってもこのままなのだろう。 「で?」 思わず目を見開いた。「そうか」と呟き肩を落とす。 「ほら、緑間っちって黒子っちとよく会ってるじゃないっスか。なんか聞いてない?」 散らかしていた筆記用具を片づけて席を立つと黄瀬も後を着いてきた。追い払うにしても図書室内ではやるべきではないだろう。どうせしつこく食い下がってくる。 「心外だな」 黒子がまだバスケ部に在籍していた頃はよく懐いていたけれど、才能が開花してからはそれも段々と薄れていった。部活帰りの寄り道もしなくなり日々疎遠になっていったように思える。 「当たり前じゃないっスか!俺は黒子っちの親友っスよ!」 鼻息荒く放ったその台詞に緑間はピタリと足を止める。 「…親友? お前が黒子の…?」 「そうだったか?」と鼻で笑えば「そういう緑間っちはなんなんスか!」と返ってきた。 「ただの…物好きな同級生の元バスケ部なのだよ」 それ以上でもそれ以下でもない。 「なんスかそれ」 相手にされてないと分かっているんだろうにそれでも黄瀬は食い下がってくる。どこまで着いてくるつもりなのかと辟易していたところで運良く赤司と出会した。 「あまり廊下で騒ぐものではないよ涼太。担任が探していたぞ。提出物は期限を守ったらどうだ」 心当たりがあるのか、青くなって慌ただしく走り去っていった。廊下は走るなと一括したがあれでは耳に入っていないだろう。 「涼太は進学してもあのままだろうね」 先が思いやられるな。そう苦笑した赤司の顔つきが変わった。 「涼太は一番仲が良かった、親友だ、と言う響きに憧れている節があるかな。恋に恋する少女のようだ」 「例えはあれだが同意するのだよ。実際はどうだか知らんがそういった存在で在りたかったのだろうな」 「いつか実現する日が来るかもしれないよ」 「お前はどうだろうね、真太郎」 別れ際に言われた言葉が脳裏をちらつく。 「すみません、遅くなりました」 黒子から話したいことがあるとのメールを受け取り、いつもの公園で待ち合わせをした。緑間の方が若干早く到着しただけなのに黒子は律儀に頭を下げてくる。気にするなと声を掛け、取り敢えず室内に移動しようと促すが黒子は頷かなかった。 「寒いだろう」 あそこに、と指さす方向を見れば見覚えのあるベンチがある。黒子を先に行かせて近くの自販機でおしることココアを購入した。 「ありがとうございます」 プルトップを開けて一口飲み下した。冷えきった体が内側から暖まるようで、ほっと一息ついた。隣の黒子を横目で伺うと、両手を温めるように缶を持ちちびちびとココアを飲んでいた。 「やはり中に移動した方がいい。大事な時期に体調を崩しては元も子もないだろう」 冷えた肌を確かめるように指先を動かせば「くすぐったいです」と咎められる。だが口だけで、振り払う仕草すら見せず黒子はされるがままになっていた。 「誰かに見られたら笑われますよ」 緑間の発言通り周囲に人影は見当たらない。今にも雪が落ちてきそうな空模様の中で、公園の片隅でベンチに座ってお茶をしているのは自分達くらいなものだ。 「それに俺はいちいち気にしない」 心地良さげに黒子が目を閉じて小首を傾げてくる。左手に掛かる重みが愛おしい。 「僕、高校受かりました」 ありがとうございましたと深々と頭を下げる黒子に緑間は首を振った。 確かに今までのパターンからしてそうなるのは目に見えていたので、緑間も反論せずに押し黙る。 「聞かないんですね」 それだけ呟くと黒子は再び瞳を閉じてしまった。 「どこか遠くに行くわけではないのだろう? ならばどこかで会うこともあるのだよ」 緑間の左手をおもむろに外すと黒子はゆっくりと立ち上がり、正面に立った。目を反らすことなくしっかりと見据えてくる。 「でも緑間君と会うのはこれで最後にします」 黒子の表情は晴れ晴れとしていた。少なくとも夏の頃よりずっと穏やかで、すっきりとしている。 「受験が終わって一区切り付いたって言うのもあるんでしょうね。君に会わない間色々考えてました。今までのとこ、これからのこと、僕自身がどうしたいのか」 静かに首を回す黒子にまたしても緑間は「そうか」とだけ返した。 「生憎とそれを示すだけの力がまだ僕にはないんです。嫌というほどわかってますから。だから、まだ駄目です」 その言葉にバスケをやめるつもりは無いのだと緑間は確信した。ならばこの先、どこかの試合会場で相見える機会もあるだろう。 「分かったのだよ。俺もその時までにはお前の問いに答えられるようにしておこう」 ふ、と笑みを浮かべると黒子も釣られて表情を崩した。 「どうしましたか?」 話したところで身長が高いものの嫌みかと、機嫌を損ねそうだ。 「あ、それとあの件についてなんですけど」 その件とやらが思いつかず再度問い直すと、目元を赤くしながら「だから…」とまごつき始めた。 「忘れればいいのだろう」 一瞬だけ目を見開いた黒子はそれでも頷き返してくれた。言い辛い内容だろうに真っ直ぐにこちらを正視している黒子に対し、緑間も目を背けず向き合う。 あれが過ちだと言うのなら緑間とて同罪だ。 「冗談ではなくて若さ故の過ちってところが緑間君らしいです」 おしるこを飲み干すと緑間は立ち上がった。 「今度会うときは敵同士か」 黒子の手から空缶を受け取り自分の物と一緒にゴミ箱に放り投げる。 「なんだこれは」 改めて握手するなど何やら気恥ずかしい気もするが、黒子は手を引っ込めそうにもないので緑間も渋々手を出した。 「きちんと言ったことがなかったですけど、今まで、ありがとうございました。今後の活躍期待してます」 ああ、本当にこれで最後になるのか。 「緑間君…」 きっぱり言い切った黒子が緑間の口元に手を当て、そこから先の発言を許さなかった。 「それは駄目です。言ってはいけません」 瞳でも牽制された緑間はがっくりとうなだれるしかなかった。 「最後くらいすっきり別れたいじゃないですか」 目に見えて落ち込む姿に黒子は暫し考え倦み、緑間にもう少し腰を落とすよう促した。 「君、やっぱり背が高過ぎます。顎にするキスに意味はなかったと思いますよ」 とんと緑間の胸元を押すと呆気なく解放された。 「お前はなにを考えているのだよ…!」 駄目だと自ら言ったくせになんなのだ。 「僕にも君の考えてることなんてさっぱり分かりませんね」 「だから、さよならです」 我に返った時には緑間は一人公園の片隅に取り残されていた。 「くそっ…!」 全くもって意味がわからない。何がしたいのだ、黒子は。 「バレているではないか…」 駄目だと、そこから先は言ってはいけないと黒子は止めた。何を伝えようとしていたのか彼は分かっていたのだ。 「いつからバレていたのだ…」 何時会っても黒子は無表情を貫いていた。内心どう思い、何を考えているのかなどさっぱり分からない。そしてそれを最後まで通したのだ。 『今日は寒い中わざわざすみませんでした。何度も言うようですが君には感謝以上の言葉が見つかりません。と言うか言葉で表すのすら失礼な気がしてなりません。 きっとまた、会う機会があると思います。その時にはいつも通り、相変わらずな君と僕となってるでしょう。その時を楽しみにしています。胸を張って君達と向かえ合えるよう日々是精進します。 P.S このアドレスはもう使えなくなりますので返信は不要です。`き`が合わないだけですので悪しからず。そう言うことにしておいて下さい』 メールの通り、翌日の朝送信したものは宛先不明で返ってきてしまった。サーバーメンテナンス中なのかもしれないと翌日再度送ったがやはり戻ってくる。数日繰り返し、翌週には諦めた。 「気が合わない、か」 黒子はよく「緑間君は苦手だ」と愚痴をこぼしていたし緑間も「黒子とは気が合わない」と言及していた。 「何を考えてるのだよ…」 さっぱり理解不能だ。 いずれ再び相見えたその時に、本当に気が合わないのか確かめてみれば良い。迷いも晴らしてくれよう。 庭に出ると満開に咲く桃の花を見上げた。 「黒子とは気が合わないのだよ」 |