うつむきがち7


 あれ以来黒子と会う度に図書館の一室で密会めいたことをするようになってしまった。会う名目はもちろんいつもと変わらず勉強会、それが一通り終わってから密室に引っ込む。今のところ不審に思われている様子もない。 鞄の中には勉強道具等の他に消臭スプレー、タオル、ウェットティッシュ、スポーツドリンクを必ず入れている。多少重くなったけれどどうってことはない。
 いずれは見つかってしまうだろうが、返ってその背徳感が緑間と黒子を煽る結果となってしまった。
 甘い一時のあとには息が詰まってしまいそうな痛みが毎回のように襲い胸を締めつけるが、もう癖になりそうだった。
 黒子が側にいることを確かめたい。もっともっと触れたい。拒否されないのなら許されているのだと思いたい。
 回数を重ねるごとに緑間はのめり込んでいった。が、一線を越えることも口づけを交わすこともなかった。
 緑間は黒子をそういう意味も含めて想っているけれど、黒子はどうだがさっぱり分からない。告げない想いが最後の砦と化していた。 

「黒子…」

 そうして今日も今日とて甘ったるく黒子の名を囁きながら戯れじみた行為に没頭していた。
 黒子はあまり声を上げないけれどそれでも十分に緑間を煽った。こんなところではなく、寝具の上でならもっと乱れて鳴いてくれるのだろうか。

 行為を終えて後始末をしていた。この部屋にも暖房は入るが弱めに設定してあるのか、室内はあまり暖まらない。
 しかし淀んだ空気を入れ換えるためにはどうしても窓を開けなければならず、黒子の体からしっかりと汗を拭き取ってから鍵を開けていた。
 図書館の中庭の木々はすっかり葉を落とし、落ち葉となって宙を舞っている。風も身を切るように冷たかった。
 いつの間にか年が明け、如月となっていた。
 勉強会の甲斐もあってか黒子の成績は以前の状態を保っているように思える。本人は何も言わないが受験対策の方もしっかりとやっている様子だ。
 進学する未来を選択したと知ったとき緑間は心底ほっとしたものだ。
 しかしどこの高校を志望しているのかは全く知らないし逆に緑間自身も推薦で決まった、と言っただけで具体的な学校名は口にしなかった。
 もしも一緒の高校に行かないかと誘ったら黒子はどんな顔をするだろう。あり得ないと思いつつも考えずにはいられなかった。 

「緑間君は高校決まったんですよね」
「あ、ああ。そうだな」

 はっとして顔を上げると渡したスポーツドリンクをちびちび飲んでいる黒子と目が合った。
 初めて出会った時と変わらず、何もかもを見透かしているような水の色した瞳だ。不気味に感じる時もあったけれども憎悪はしなかった。

「君のことだからさぞかし偏差値の高いところなんでしょうね」
「確かに進学校ではあるな。しかし文部両道、部活動にもしっかりと力を入れているのだよ」
「緑間君にお似合いです」
「黒子…」

 お前も来るかと言い掛けて口を閉じた。黒子を困らせるだけに過ぎない。

「ちゃんと自分で選んだんですよね?」
「当然なのだよ」
「そうですか…」

 ふっと安堵の笑みを浮かべたのは一瞬で、すぐに黒子の表情が憂いを帯びたものとなる。

「どうした?」
「いえ…。こうして君に定期的に勉強を教えてもらえるのは本当に助かります。でも、それが君の負担になってしまっているのではと…毎回思うんで
す」 

「それはない」

 きっぱりと断言した。

「俺は自分のやるべきことをやった上でお前に勉強を教えている。自分自身のことで手を抜くなどあり得ないのだよ」
「でも……。いえ、それもそうですね。君は誰よりも自分自身に厳しいですからね」
「俺が勝手にやっているのだ。お前が負担を感じる必要はない。だから安心して勉強に励め」
「はい…」

 そこまで言っても表情は晴れなかった。
 寧ろ負担になっているのは黒子の方ではないのか。勉強会の後で毎回のようにこんなことをして、心身共に疲れ果ててしまっているのではと勘ぐってしまう。

「黒子、疲れているのならば…」
「僕は卑怯です」

 家まで送る、早く休めと続けられなかった。荷物を纏める手を止めて黒子に顔を向けた。

「突然どうしたのだよ」

 やはり疲労が蓄積しているのか。大事な時期だけれど勉強会は少し休むべきかもしれない。
 受験当日に向けて体調を整えるのも必要なことなのだ。

「くろ…」
「君に会う口実を作っている」
「そんなことはないだろう。それは寧ろ俺の方なのだよ」

 好意抜きにしてもあの頃出来なかった色々なことをしてやりたかった。罪悪感から逃れたいというのも一理あるだろう。
 だがそれ以上に優しくしたかったのだ。重荷を負担出来なくとも手を伸ばして支えてやりたかった。

「俺は…自分勝手な男なのだよ」
「そんなのとっくに知ってます。でも君はきっとそれでいい。君にはそれを貫き通すだけの力がある。…けれど僕にはそれがなかった」

 ただそれだけだと自虐気味に薄ら笑う黒子に言葉が詰まる。
 力がない。それは否定しようのない事実だからだ。

「力がないのならこれから…」
「緑間君」
「散々やっておいてなんですが、これはきっと気の迷いなんです。僕も君も迷走している、その過程に過ぎない。そういうことにしておいて下さい。君の為にもそれが良いんです」
「なにが自分のためになるかなど自分で見極められるのだよ」 

「君ならそう言うと思ってました」 

 そう言って寂しげに笑った黒子の顔が時折ちらついて忘れられなかった。
 あれから二週間経った。
 互いに折り合いが付かず勉強会どころか顔すら会わせられていない。メール交換が途切れないのが幸いだった。こんな時もあるからと黒子は書いて寄越すが、実際は自分と会わないために架空の用事を作っているのではなかとどうしても勘ぐってしまう。
 なんと情けない。 
 黒子のため、などと言いながら結局はどれも己のために動いたに過ぎな
い。

「本当に俺は勝手な男だな…」

 ペンを机の上に転がした。授業は教科書をほとんど使用しておらず、三年間の総復習が主になっていた。ノートに纏める内容も少なくなってきた。
「そろそろこれも終わりか…」

 黒子にもスカウトは来ていたようだがどれも受けなかったらしいと桃井から聞かされていた。高校は一般受験なのだろう。私立ならもう既に終わっている可能性もある。用事、と言うのもそれに当たっているのか。

 そろそろお役ごめん、か。

「緑間っち〜!」

 校庭を眺めながら物思いに耽っていると黄瀬の脳天気な声が聞こえてき
た。図書室内は静かにしろと何度も注意したが結局最後まで直る見込みはないらしい。

「緑間っちってば!」
「うるさい。用があるならさっさと言え」
「酷くないっスか…」

 どうせ通じやしないの嘘泣きも止めやしない。高校へ言ってもこのままなのだろう。

「で?」
「え、あぁ…あの、黒子っちのことなんスけど…」
「黒子か…」
「どこの学校かまでは教えてくれなかったけど受験したって桃っちから聞いたもんで。緑間っちなら知ってるんじゃないかなってさ…」

 思わず目を見開いた。「そうか」と呟き肩を落とす。
 今の時期に受験をしたのなら公立ではなく私立に違いない。公立高校の受験はまだだいぶ先なのだ。

「ほら、緑間っちって黒子っちとよく会ってるじゃないっスか。なんか聞いてない?」
「進学はするとだけ聞いている。どこを受験するかは話していなかったのだよ」
「そうなんスか!?」
「第一聞いてどうするのだよ。押し掛けでもするつもりか」
「いや、そういうわけじゃないっスけど…やっぱ気になるじゃん」

 散らかしていた筆記用具を片づけて席を立つと黄瀬も後を着いてきた。追い払うにしても図書室内ではやるべきではないだろう。どうせしつこく食い下がってくる。

「心外だな」
「なにがっスか」
「お前は黒子のことを気にしていたのか」

 黒子がまだバスケ部に在籍していた頃はよく懐いていたけれど、才能が開花してからはそれも段々と薄れていった。部活帰りの寄り道もしなくなり日々疎遠になっていったように思える。

「当たり前じゃないっスか!俺は黒子っちの親友っスよ!」

 鼻息荒く放ったその台詞に緑間はピタリと足を止める。

「…親友? お前が黒子の…?」
「そう!一番仲良かったっしょ!」

 「そうだったか?」と鼻で笑えば「そういう緑間っちはなんなんスか!」と返ってきた。

「ただの…物好きな同級生の元バスケ部なのだよ」

 それ以上でもそれ以下でもない。
 下半身を露わにし、互いに慰め合う仲だが恋仲でもなければ付き合ってすらいない。かと言って友人かと言えばそれともまた違う、説明しようがない仲だ。

「なんスかそれ」

 相手にされてないと分かっているんだろうにそれでも黄瀬は食い下がってくる。どこまで着いてくるつもりなのかと辟易していたところで運良く赤司と出会した。

「あまり廊下で騒ぐものではないよ涼太。担任が探していたぞ。提出物は期限を守ったらどうだ」

 心当たりがあるのか、青くなって慌ただしく走り去っていった。廊下は走るなと一括したがあれでは耳に入っていないだろう。

「涼太は進学してもあのままだろうね」
「小学生でもあるまいし騒ぎ過ぎなのだよ」

 先が思いやられるな。そう苦笑した赤司の顔つきが変わった。

「涼太は一番仲が良かった、親友だ、と言う響きに憧れている節があるかな。恋に恋する少女のようだ」

「例えはあれだが同意するのだよ。実際はどうだか知らんがそういった存在で在りたかったのだろうな」

「いつか実現する日が来るかもしれないよ」

「お前はどうだろうね、真太郎」

 

 別れ際に言われた言葉が脳裏をちらつく。
 赤司はどこまで知っているのだろうか。いや、彼のことだ。殆ど筒抜け状態だろう。
 だからと言って咎めも茶化しもしない、ただ傍観して楽しんでいるだけにも見える。
 黄瀬は進学してもあのままだろうと笑っていたけれど、きっと赤司も紫原も黄瀬も、青峰や自分だって根本的な部分は何一つ変わらないのではない
か。

 黒子も、だ。
 その黒子と再会出来たのは更に一週間経過してからだった。

「すみません、遅くなりました」
「いや、問題ないのだよ」

 黒子から話したいことがあるとのメールを受け取り、いつもの公園で待ち合わせをした。緑間の方が若干早く到着しただけなのに黒子は律儀に頭を下げてくる。気にするなと声を掛け、取り敢えず室内に移動しようと促すが黒子は頷かなかった。
 勉強会の時とは違う雰囲気の黒子の様子が気になる。相変わらずの無表情だし違いに分かる人間は限られるだろう。
 緑間自身、どこがかと問われてもどう説明したらいいのか口ごもりそう
だ。

「寒いだろう」
「大丈夫です。まずは座りませんか?」

 あそこに、と指さす方向を見れば見覚えのあるベンチがある。黒子を先に行かせて近くの自販機でおしることココアを購入した。

「ありがとうございます」
「いや…大したことではないのだよ」

 プルトップを開けて一口飲み下した。冷えきった体が内側から暖まるようで、ほっと一息ついた。隣の黒子を横目で伺うと、両手を温めるように缶を持ちちびちびとココアを飲んでいた。
 鼻先が赤くなっている。
 手を伸ばして何気なく頬に触れると突然のことに驚いたのか黒子の肩が跳ねた。

「やはり中に移動した方がいい。大事な時期に体調を崩しては元も子もないだろう」

 冷えた肌を確かめるように指先を動かせば「くすぐったいです」と咎められる。だが口だけで、振り払う仕草すら見せず黒子はされるがままになっていた。

「誰かに見られたら笑われますよ」
「…こんな寒い中外をほっつき歩く物好きはあまりいないのだよ」

 緑間の発言通り周囲に人影は見当たらない。今にも雪が落ちてきそうな空模様の中で、公園の片隅でベンチに座ってお茶をしているのは自分達くらいなものだ。

「それに俺はいちいち気にしない」
「君らしいです」

 心地良さげに黒子が目を閉じて小首を傾げてくる。左手に掛かる重みが愛おしい。
 このまま顔を寄せたら唇に触れられるかもしれない。そんな想いが意識しないままに表に現れていたのか、つつ、と親指で黒子の口元を撫でていた。 あと少しで触れられそうだとなったところで唐突に黒子が「緑間君」と口を開く。釘を刺されたようで緑間は些か面白くなかった。

「僕、高校受かりました」
「そ、うか…。おめでとう、なのだよ」
「はい。本当に君のおかげです」

 ありがとうございましたと深々と頭を下げる黒子に緑間は首を振った。
「俺は少し手助けをしただけだ。そこまで感謝される謂われはない。全てはお前の努力の賜なのだよ」
「でも…。…いえ、そう言うことにしておきましょう。どっち付かずで最後は喧嘩になっちゃいそうですしね」

 確かに今までのパターンからしてそうなるのは目に見えていたので、緑間も反論せずに押し黙る。

「聞かないんですね」
「なにをだ?」
「どこに行くのかって。それとも桃井さん辺りから情報を既に得てますか」
「桃井もまだ知らないと、言っていたのだよ」
「そうですか…」

 それだけ呟くと黒子は再び瞳を閉じてしまった。

「どこか遠くに行くわけではないのだろう? ならばどこかで会うこともあるのだよ」
「でも」

 緑間の左手をおもむろに外すと黒子はゆっくりと立ち上がり、正面に立った。目を反らすことなくしっかりと見据えてくる。

「でも緑間君と会うのはこれで最後にします」
「なん…だと?」
「ずっと前から決めていたんですよ。もちろん用無しになったから捨てるとかそんなんじゃないです。でも君がそう思うのならそれでも構いません」「黒子」
「君のおかげでまた外に出れた。君が連れだしてくれたんです」

 黒子の表情は晴れ晴れとしていた。少なくとも夏の頃よりずっと穏やかで、すっきりとしている。
 いつぶりだろうか、こんな顔の黒子を見るのは。

「受験が終わって一区切り付いたって言うのもあるんでしょうね。君に会わない間色々考えてました。今までのとこ、これからのこと、僕自身がどうしたいのか」
「そうか…」
「まだ答えが出ていない部分が大多数です。でも、どうしたいのか、だけははっきりしました」
「それを今聞いてもいいのか?」

 静かに首を回す黒子にまたしても緑間は「そうか」とだけ返した。

「生憎とそれを示すだけの力がまだ僕にはないんです。嫌というほどわかってますから。だから、まだ駄目です」

 その言葉にバスケをやめるつもりは無いのだと緑間は確信した。ならばこの先、どこかの試合会場で相見える機会もあるだろう。

「分かったのだよ。俺もその時までにはお前の問いに答えられるようにしておこう」
「僕からの問いですか…?」
「覚えていないのならそれで構わんさ」

 ふ、と笑みを浮かべると黒子も釣られて表情を崩した。
 そう言えばこうして下から見上げるのもいつぶりだろう。全中前はうつむいていて、旋毛ばかり見えていたし、黒子の家に通うようになってからは逆に黒子の部屋を見上げてばかりだった。
 黒子の顔を正面からまともに見上げたことなど滅多になかった。

「どうしましたか?」
「いや…」

 話したところで身長が高いものの嫌みかと、機嫌を損ねそうだ。

「あ、それとあの件についてなんですけど」
「あの件?」
「あの件はあの件です」

 その件とやらが思いつかず再度問い直すと、目元を赤くしながら「だから…」とまごつき始めた。
 そこまで来るとさすがに緑間も察しが付く。

「忘れればいいのだろう」
「前にも言ったかもしれませんがそうして下さると助かります」
「若かったから」
「え?」
「若さ故の過ちだ。そうだろう? お前がなぜああいった行動に走ったのかはわからんが、それは俺も同じだ」

 一瞬だけ目を見開いた黒子はそれでも頷き返してくれた。言い辛い内容だろうに真っ直ぐにこちらを正視している黒子に対し、緑間も目を背けず向き合う。

 あれが過ちだと言うのなら緑間とて同罪だ。

「冗談ではなくて若さ故の過ちってところが緑間君らしいです」
「余計なお世話だ」
「でも、嫌いじゃないです」
「俺もなのだよ」

 おしるこを飲み干すと緑間は立ち上がった。

「今度会うときは敵同士か」
「さぁ、どうでしょうね」

 黒子の手から空缶を受け取り自分の物と一緒にゴミ箱に放り投げる。
 公園の入り口まで来ると黒子が足を止めた。手袋を片方だけ取って差し出してくる。

「なんだこれは」
「まんまですけど」

 改めて握手するなど何やら気恥ずかしい気もするが、黒子は手を引っ込めそうにもないので緑間も渋々手を出した。
 すかさず握り返してくる細い手は力が漲っている。未来を暗示しているようだった。

「きちんと言ったことがなかったですけど、今まで、ありがとうございました。今後の活躍期待してます」

 ああ、本当にこれで最後になるのか。
 繋がれたままの手を離しがたくていつまでも掴んでいたら、黒子が戸惑いがちにどうかしたのかと投げ掛けてくる。
 目が合った瞬間、衝動的に抱き寄せていた。

「緑間君…」
「黒子…、黒子、俺は…」
「駄目です」

 きっぱり言い切った黒子が緑間の口元に手を当て、そこから先の発言を許さなかった。

「それは駄目です。言ってはいけません」
「黒子」
「駄目なものは駄目です。さっき言ったでしょう、若さゆえの過ちだって。それに…僕には勿体なさ過ぎです。他の誰かのために取っておいてくださ
い」

 瞳でも牽制された緑間はがっくりとうなだれるしかなかった。

「最後くらいすっきり別れたいじゃないですか」
「悪かったのだよ」

 目に見えて落ち込む姿に黒子は暫し考え倦み、緑間にもう少し腰を落とすよう促した。
 言われるがままに屈む緑間の顎に唇を押し当てる。すぐに離したけれど緑間は呆然と固まっている。

「君、やっぱり背が高過ぎます。顎にするキスに意味はなかったと思いますよ」

 とんと緑間の胸元を押すと呆気なく解放された。

「お前はなにを考えているのだよ…!」

 駄目だと自ら言ったくせになんなのだ。

「僕にも君の考えてることなんてさっぱり分かりませんね」

「だから、さよならです」

 我に返った時には緑間は一人公園の片隅に取り残されていた。
 とぼとぼと家路に付き、自室のソファーに突っ伏す。傍らのクッションに拳を叩きつけてみたが、柔らかく沈むだけだった。

「くそっ…!」

 全くもって意味がわからない。何がしたいのだ、黒子は。
 だが、一つだけ確実に判明したことがある。

「バレているではないか…」

 駄目だと、そこから先は言ってはいけないと黒子は止めた。何を伝えようとしていたのか彼は分かっていたのだ。
 羞恥心を上塗りされてく気分だったが決して黒子は茶化したわけではないのだろう。

「いつからバレていたのだ…」

 何時会っても黒子は無表情を貫いていた。内心どう思い、何を考えているのかなどさっぱり分からない。そしてそれを最後まで通したのだ。
 悶々としていると鞄に入れっぱなしの携帯がメールの着信を知らせてきたのでのろのろと取り上げた。
 相手は寄りにも寄って黒子だ。 

『今日は寒い中わざわざすみませんでした。何度も言うようですが君には感謝以上の言葉が見つかりません。と言うか言葉で表すのすら失礼な気がしてなりません。 きっとまた、会う機会があると思います。その時にはいつも通り、相変わらずな君と僕となってるでしょう。その時を楽しみにしています。胸を張って君達と向かえ合えるよう日々是精進します。
 緑間君もご自愛下さいね。それでは失礼ます。

 P.S このアドレスはもう使えなくなりますので返信は不要です。``が合わないだけですので悪しからず。そう言うことにしておいて下さい』

 メールの通り、翌日の朝送信したものは宛先不明で返ってきてしまった。サーバーメンテナンス中なのかもしれないと翌日再度送ったがやはり戻ってくる。数日繰り返し、翌週には諦めた。

「気が合わない、か」

 黒子はよく「緑間君は苦手だ」と愚痴をこぼしていたし緑間も「黒子とは気が合わない」と言及していた。
 なんでもかんでもそれで片付けるつもりなのか。緑間との性的な関係も気の迷い、若気の至りだと漏らしていた。
 ``ばかりではないか。

「何を考えてるのだよ…」

 さっぱり理解不能だ。
 想いを隠し告げなかった己を棚に上げるようだがはっきりしないのは性分ではない。

 いずれ再び相見えたその時に、本当に気が合わないのか確かめてみれば良い。迷いも晴らしてくれよう。
 その頃にはもう、黒子はうつむいてばかりいないだろうとの確信がある。別れたあの日、黒子は真っ直ぐにうわむいていたのだ。今度は自分が向き合う番だ。 

 庭に出ると満開に咲く桃の花を見上げた。
 ああ、本当に、

「黒子とは気が合わないのだよ」

 


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