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「そろそろクリアファイルがなくなってきたな」 バインダーとクリアファイル、勿論中身も返す必要はないと伝えてあるので無くなったら緑間が補充しなければならない。クリアファイルだけでいいし、数十枚単位で纏まっているのが売っているのでそれを購入すればいい。値段も苦にならない程度なのでおしるこを数本我慢すれば問題なかった。 「桃井か・・・普通に声を掛けてくれ」 目の前に嬉々として掲げられた冊子を目にした緑間は顔が引き吊るのを止められなかった。 『これを食べれば元気モリモリ!スタミナ料理百選!』何度確かめてもそう表紙に記されている。 「レ、レシピ本か・・・。熱心だな」 だからせめてレシピ通りに作ってくれと突っ込みたくなったけれど、桃井の何気ない発言に口を噤む。 「うん!頑張るんだから。あ、邪魔しちゃったかな。ごめんね」 小走りに去る桃井を見送り緑間もカウンターへと向かった。 「夜になると風がひんやりするね」 会計を終えると桃井と並んで歩き出した。まだ日は暮れ始めたばかりでまだまだ明るかったけれど、一人で帰らせるのは心許なかったのだ。 「みどりんは凄いね・・・」 唐突に振られた話題に緑間はきょとんとしてしまう。何の事だと問いかけると寂しそうな顔で桃井は微笑んだ。 「私ね・・・ううん、私もねテツ君を訪ねた時があったの。もちろん会えなかったし、こう、テツ君のお母さんに気の利いた事も上手く言えなくて、ほんとにただ訪ねただけだったの」 桃井が学校に来なくなった黒子を心配して自宅を訪ねたと言う話は人伝に聞いていた。噂の節も拭えなかったけれど、本人が言うのなら間違いないのだろう。 「一回だけだし・・・。何か出来ることないかなって一生懸命考えたけど、なかなか思い付かなくて・・・。それに何回も行く勇気もないの。情けないよね」 それも使うんでしょ、と脇にぶら下げていたクリアファイルの入った書店の袋を指されたので頷いた。そこまで知っているのなら隠す必要はないだろう。 「・・・桃井、お前は俺のことを凄いと言うがお前だってそうだ。誰かの為を思い悩み、考えて行動に移そうとするその姿勢は尊ぶべきだ。それもその一つだろう?」 今度は逆に緑間が桃井の抱えている書店の袋を指す。 「ありがと、みどりん・・・。みどりんは優しいね」 もうすぐ分かれ道に差し掛かろうという所で、桃井は緑間を置いて小走りに公園内の入り口近くに設置されていた自販機に駆け寄った。少し悩んで缶ジュースを一本購入して戻ってきたかと思えば、空いていた右手に押し付けてくる。落ちそうになって慌てて掴み直した。 「おい、桃井」 ぐうの音もでない。部活を引退しても相変わらずの情報通のようだ。 「栄養ドリンク作ってあげればいいんだろうけど、今すぐは無理だから代わりにおしるこね!
じゃあ私こっちだから!」 桃井と別れてから手の中のおしるこ缶を見下ろした。暖かい。 「桃井には叶わんな」 前にも同じような事を呟いた気がする。プルトップに指を掛けたところで背後から桃井に呼ばれ緑間は立ち止まった。 「試作品出来たらみどりんも味見してねー!」 ばいばいと手を振って帰っていく桃井を見てから先程の台詞を繰り返し、思わず真っ青になった。 「断るに断れないのだよ・・・」 胃薬の世話になる程度で済むのを願うばかりだ。 おは朝占いの結果を書いたあとの数行に先日桃井とのやり取りを書こうかとしたけれど、余計なお世話になるかと思い留まり白紙の部分をシャープペンで突ついた。 「・・・・・・」 ふと思い付いてペンを持ち直すと、『ラッキーアイテムは週一で知ってもあまり意味がないのだよ。やはり毎朝知ってこそ効果がある』と書き込んだ。毎朝ラッキーアイテムを教えたい、というのを免罪符にした緑間のアドレスだけでも受信可能にしてくれまいかという遠回しな懇願だった。 『ラッキーアイテムは週一で知ってもあまり意味がないのだよ。やはり毎朝知ってこそ効果がある』 いつもは何も書いていない最後のページの最後の行にそれを見つけた黒子はまじまじと凝視してから声にも出して読んでみた。 「あった・・・」 何かを書いてそれ消した形跡がある箇所で手を止める。この時にもこれを書こうとしたのだろうか。 「・・・これは」 今は週一で自分が教えているけれどそれではあまり意味がない。毎朝定期的に教えたい。だから――。 「連絡を取りたい。と言いたいんでしょうか・・・」 机の端でほったらかしになっている携帯電話に手を伸ばす。開いてもボタンを押しても画面は真っ暗なままだ。電話番号を変更するのは流石に出来なかったけど、メールアドレスはそれ自体削除してしまったのでもう何も届く事はない。 「でも緑間君は・・・」 無音の携帯端末を見つめる。 「なんて書けばいいんでしょうか・・・」 だいたい急にメールを送ったりしたら変に思われないか?
緑間が自分と連絡を取りたがっている、それが自分に良いよう解釈しただけの間違いだったら失笑ものだ。 「緑間君、これお返しするわね」 金曜日の放課後、いつものように黒子の自宅を訪ねて彼の母親に新しいクリアファイルを渡すと代わりにエコバッグを差し出された。受け取って中身を確認すれば今までのクリアファイルがごっそりと入っている。 「溜まってきたし緑間君もないと困るだろうから返して欲しいって、さっき持ってきたのよ」 まさか返されるとは思っていなかった。ほんの少しの変化が緑間にはとても嬉しかった。 帰宅して夕食を済ませた後、自室に戻るとエコバッグからクリアファイルの束を取り出した。確かに今まで渡してきた物が枚数分間違いなく入っている。 「・・・!!」 メモにはメールアドレスと、『よければどうぞ』とだけ書かれている。しかも間違いなく黒子の字でだ。 「黒子に通じたのだな・・・」 何を言いたいのか万が一の確率くらいで通じればそれでいい。通じなくても構わない。そんな心づもりで記した文だったけれど、黒子はそれを読みとってくれたのだ。 黒子は黒子でまさか本当にメールが送られてくるとはと、面食らいつつも意味は合っていた事にほっとした。 「優しすぎますよ、緑間君」 返信するか迷ったけれど何を書いても変な気がして、結局書かずにノートパソコンを閉じた。 「思い付いたときにきっと送りますから・・・」 その日から毎日パソコンを開くようになった。毎朝同じ時間帯に送られてくるので朝食後に読んでいる。 黒子に一方通行なメール交換を送り続けて数週間経過した頃、流石の緑間も単調な文章を毎日打つのに飽きてきてしまった。何の変化もないのだ。きっと受け取る黒子もそうに違いない。 『自販機でおしるこを買おうとしたらコーラっ茶なる物が出てきた。緑茶とコーラを混ぜるなど外道なのだよ』 我ながら下らない内容だと思ったが、他に上手いこと思い付かなかったので緑間はそのまま送信ボタンを押してしまった。 「コーラっ茶ですか・・・」 今までは必要最低限の内容しか書かれていないメールばかりだったのに心境の変化でもあったのかと、受け取った黒子は面食らっていた。 「・・・・・・」 キーボードの上で指をさまよわせ一文字打っては消してを繰り返す。ありがとう、は出来るならばいつの日か直接伝えたかったので省き、『コーラっ茶とかスゴく不味そうです。なんでもかんでもコラボすれば良いってもんじゃないと思います』と書いた。 ずぶずぶと底に沈んでいってしまいそうな感情を頭を軽く振って追い払う。気分転換にと読みかけのハードカバーに手を伸ばす。それがとっくに返却期限の切れた、図書館から借りた本だというのに黒子が気が付いたのは数日後だった。 黒子から短文とはいえ返信が届いた事に緑間は仰天した。知らぬ間に返事を催促するような文章になっていたのだろうか。 「・・・紫原。食べながら歩くのはよせと何度言えばわかるのだよ」 制服に付いたカスを払っていると、突然ずいっと紫原が身を乗り出してくる。反射的に避けようとした瞬間、反動でボタンを押したらしく、ピッという電子音が手元から聞こえた。 「おい!」 受信履歴一覧を表示していたので目に入ったのだろう。慌てて本体を閉じると制服のポケットに突っ込んだ。 「余計なお世話だ」 近づいてきた紫原に気付かなかったのは失敗だった。忌々しげに舌打つが本人は気にもしていないのか、まあねと言ってまた菓子を頬張りだす。 「なんでみどちんにはメール返ってくんだろね。みどちんだけ知ってるアドレスなわけ?」 右手にぶら下げていたビニール袋を緑間に押しつけて、あかちんとこ行くからと紫原はくるりと向きを変えた。 「おい!」 ぽかんとする緑間を気にも止めずに手をひらひらさせて去っていく。 「なんなのだよ」 ビニール袋には未開封の菓子がいくつか入っていた。期間限定と書かれている物もある。 あの紫原が菓子を・・・?
しかもご褒美とはなんだ、ご褒美とは。なにかしたか? 「否定はしないのだな・・・」 おそらくは赤司から教えられていたのだろう。口止めしておくべきたったかと思ったけれど、紫原のことだから発言に裏なんて一つも隠されていないに違いない。きっと言葉のままだ。 「紫原め、簡単に言ってくれるな」 だけれども・・・。もし、もし馬鹿正直に今度会わないかと、不味いお茶でも一緒に飲まないかと少しの冗談でも交えて誘ったら、万が一にでももしかするかもしれない。 黒子はほんの少しとはいえ応えてきれくれるようになったのだ。 「・・・・・・」 焦るなまだ時期尚早だ、いやここは思いきって誘ってしまえ。 |