たまには いつものように緑間の通う秀徳高校と黒子の通う誠凛 高校のちょうど中間地点ら辺にあるマジバで、部活終了
後に緑間は黒子と落ち合っていた。 「どうした?」 今日も窓際の席を陣取り二人向かい合ってポテトとア ップルパイを頬張っていた。自分も払うという黒子を制
し、どれも緑間が「らしいことをさせろ」と言いくるめ購入した物だ。 「疲れているように見える」 そう指摘すれば途端にばつの悪そうな表情になった。 「隠しても無駄なのだよ」 なぜ緑間にバレないと思ったのか。ちゃんと見ている 、好意を向けている相手なのだから当然だという主張も
含めて言い切った。 「火神とまた喧嘩したのか」 不機嫌の対象だって大抵当たっている。諦めて好きな だけ自分に愚痴ればいい。それくらい受け止めてやれる
。 「そんなところです」 居心地悪げに体制を立て直し黒子はアップルパイを一 口かじった。噛み砕いてからシェイクを啜る。いつもより味気ない。 「本当にお前達は喧嘩が絶えないな」 前の相棒とは滅多になかったと思う。 中学時代に黒子と離別し、高校で再会し紆余曲折を経 て恋人同士となった今だからこそそう思える。 過去の自分達は本心から言い合っていたのだろうか。 否、だったと思う。言い争いはしょっちゅうだったけれ
ど毎回周囲に諫められていたし、最後には何を言っても無駄だと諦め、そして黒子は姿を消してしまった。残ったのは空しさと後悔ばかりだ。 が、それはそれ、これはこれだ。 「一晩経てばいつものように戻るだろう。今日はもう諦 めるのだよ」 諦めて自分を見ろ。今はそれが正しい。 「そうですかね」 緑間の言わんとしていることが通じたのか、黒子は口元を緩めた。 「そうですね。…君の言う通りだ」 食べ終えたアップルパイのケースを丸め、トレーの上 にぽいと投げ出すと黒子はまたシェイクを啜る。 「緑間君、火神君に嫉妬したんですね」 途端に噎せる緑間に黒子は思わずふっと笑う。目元を赤くしながらすれた眼鏡を元の位置に戻す姿がいじらしい。 「悪いか…」 あまり見られたくないらしく、ぷいっと顔を背け窓の 方を向いてしまった。窓に映っているのだから意味をな
さないのにな、と無くなりかけのフライドポテトを頬張りながら黒子は首を傾げた。 「悪くないです」 そんな緑間の横顔にふと、黒子はあることに気がついた。 「そういえば僕達、喧嘩したことなかったですね」 中学時代を思い起こしてみたけれど、言い争いばかりで喧嘩とはなにか違う気がした。 「そうかもしれんな」 赤みの引いた緑間が正面に向き直る。手元のお汁粉はいつの間にか空になっていた。 「緑間君」 なにを、だなんてきっと今更だ。 「喧嘩しましょう、緑間君」 素敵ないたずらでも思いついた幼子みたいな顔で黒子は言い切り、それは始まった。 昼食を終えた昼休み、緑間は一人図書室へと足を運んだ。奥のあまり人気のないテーブルを選び腰を落ち着かせると、持参した親書を開いた。挟んでいた栞を外して書籍に目を落とす。 「……。」 ぱかりと開き画面を確認するが何も届いてはいない。またため息を吐いて画面を閉じ 「なーにしてんの真ちゃん」 そんな緑間にお構いなしに話し掛けてくる高尾が少々鬱陶しい。 「なにか用か…」 図書室内ということに配慮してか若干声量は押さえられてはいた。しかし鬱陶しさは変わりなく、うんざりしてくる。 「なに、真ちゃん。テッちゃんとなんかあったー?」 疑問系だけれど、初めから黒子の名前を出す時点で意味をなしていない気がする。ばればれなのだから諦めろと言わんばかりだ。 「黒子と喧嘩しているのだよ」 まあそうだろう。緑間の傍らで黒子とのあれこれを散々目にしてきたのだから当然の反応だ。 「うーんなんだろ、口喧嘩みたいなのはしょっちゅうしてるじゃん。でも真ちゃんのその様子だと、それとは違うんでしょ」 黒子とは気が合わない。それはもう初めから決まっていて、どうしようもない。 「いや…。言い争いはしょっちゅうしていたのだがな…」 手に持っていたプリントをヒラヒラさせながら笑う高尾に肩を竦める。きっと想像通りだろう。 「で、その度に周りに諫められていた、と」 それは大抵黄瀬の役目だった。青峰は面白半分に煽り、紫原はうるさそうに離れた位置で菓子を頬張り、赤司は傍観しつつも最後には叱責する。毎回そうだった気がする。 「仲直りはどうしてたの?」 仲直り…仲直り…仲直り…。 「もしかして…ない?」 もしかしなくても、ない。 「ないのだよ…。自然消滅と言うか、いつまで経っても意見が合わず平行線のままだから周りに止められてその場は終わり、翌日には何事もなかったかのように振る舞ってい 黒子は今頃どうしているのだろう。 「高尾…」 緑間としては至極まじめに聞いたのだが高尾はぽかんと目を見開いたまま固まってい 「そこからなの…?」 口元をひくつかせている高尾に無言の肯定で返した。 「なんだお前、こっちのマジバなのか」 好物のシェイクを堪能しているとトレーに山のようにバー ガーを積んだ火神がこちらを見下ろしていた。 「そうですけど、なにか」 そう言って火神は黒子の前のテーブルにトレーを置き、向かいの席に座った。拒否する理由もないし、ここはこのマジバでの火神と黒子の指定席のようなものだ。他に移動するのも今更だ。 「今日は部活早く終わったから、てっきり緑間のとこに行ったのかと思ってた」 コーラ片手にバーガーの山をどんどん崩していく。いつ、何度見ても胸焼けしてしまいそうな光景だ。もう見ているだけで腹が膨らんでくる気分になる。 「なんですか。ってか食べ物を投げちゃ駄目でしょう」 火神は見た目に反して面倒見が良かった。特に相棒である黒子に関しては日頃から気に掛け、あれこれ世話を焼いている。 「なんですか?」 遠回しな言い方では伝わらないようだ。 「月曜日提出の古文の課題頑張って下さいね」 途端に噎せる火神に黒子は苦笑した。この様子だと手伝わせる気満々だったのだろう。 言いたいことはさっさと言ってしまえと促せば、落ち着きを取り戻した火神が正面から見据えてきた。 「緑間とうまくいってないのか」 火神らしく回りくどいことはしない。思うままの発言だ。 「いや、だってよ…」 とは言え、内容が内容だけにはっきり口に出すのには躊躇いが生じるようだ。優しい男だなと黒子は口元を緩めた。 「うまくはいってますよ」 火神の言うとおり、ただのワガママでしかない。 「で、ですねこの前会ったときちょうど君と喧嘩した日だったんですよ」 だんだんと小声になっていく火神は食べる速度も伴って遅くなっていく。居たたまれないのか黒子から視線を外し、トレーの上のバーガーを凝視している。 「それで僕と緑間君、まともに喧嘩したことがないなってなりましてですね」 本当はアホらしいから止めたのではなく、言う事自体諦めただけだった。どうせ分かりあえないのなら言うだけ無駄だし、体力精神共に消耗するだけでしかない。なんて不毛で馬鹿馬鹿しい。 「なので喧嘩しましょうって、緑間君に言ったんです」 そして今に至る、と。 「言い争いと喧嘩ってなんか違うじゃないですか」 そこまで話を聞いた火神は、ああ、と納得したのか頷いて返した。 「ムカついても殴るとかしなさそうだもんな、昔のお前ら」 確かにすっきりはしそうだが痛いのはごめん被る。避けれるだけ避けたい。 「殴り合うっつっても一発だけだぞ」 すみません、僕全力でしたと心の内で謝罪しておいた。火神に全力で殴られたら首があらぬ方向へ曲がってしまいそのまま戻ってこなさそうだ。 「黄瀬や緑間はともかく、青峰と紫原は手ぇ出すの早そうだけど違うのか?紫原のやつ捻りつぶすって言ってただろ」 さっきから火神は顔を殴ることしか話してない。この様子からして火神が誰かを殴る場合、狙う場所は顔面と決まっているらしい。顔面を一発殴ってKOするのが火神流なの 「…で、だいぶ脱線しましたが緑間君とお試しの喧嘩をしている真っ最中なんです」 喧嘩なんてものは何かしら理由があって起こるものだ。やろうとしてやるものでも、出来るものでもない。 「オーソドックスに連絡を絶ってみました。あとは緑間君が立ち寄りそうな場所には近寄らないようにしています。そんなところですね」 数通程度とはいえ毎日メールを交わしている姿を間近で目にしてきたのもあってか、二週間と数字に火神はただただ呆れるばかりだ。 「緑間からもなんもこねーのか」 盛大にため息をついた火神は残っていたコーラを飲み干した。底に溜まった氷がからからと音を立てるのを聞きながらトレーに戻した。 「んで、いつまでやる予定なんだ」 緑間の相棒である高尾が頭を抱えている姿が容易に想像出来てしまう。もう同情しか沸いてこない。 「いつ止めたらいいと思いますか?」 緑間が音を上げるのが先か、それとも言い出しっぺの黒子が折れるのが先か、その両方か。 「俺らが疲れ果てて手と口を出すのが先か…だよな」 それが一番な気がする。 「頼むから俺らをあんまり巻き込まないでくれ…」 ちらりと黒子の顔を伺った火神はテーブルに突っ伏した。そんな気は微塵も感じられなかったからだ。 「さっさと終わってくれ…」 そう願うほかなかった。 今日で緑間と連絡を取り合うのを止めて三週間になる。正直こんなに長くなるとは予想外だった。 火神以上に高尾がもろに影響を受けているのは安易に想像がつくので、少々申し訳な 「そろそろ諦めてやれよ。高尾が可哀想だろが」 顔を上げると課題のプリントを手にした火神がげんなりしながら黒子を見下ろしてきていた。 「緑間君じゃなくて高尾君が可哀想なんですか」 何がほら、なのかと思えばどうやら記入済みであろう黒子のプリントを出すよう催促しているようだった。椅子ごと黒子の方に向き直り、プリントを机に置いてシャープペンを持ち、空いた片手を差し出して早く見せろと
促している。 「だからってなんですか」 プリントは今日の放課後が提出期限だ。しかし火神のプリントは殆どが空欄だった。自力で解いた箇所があるだけ以前よりましなのかもしれない。 「うっせ!間に合わなくなるだろうーが。そしたらお前が困んだろ」 人のせいにするなと内心突っ込みつつも、結局黒子はプリントを出してしまった。確かに火神の言う通り最も困るのは黒子だ。つけも何かしら回ってくるに違いない。そしてそれ以上に黒子は相棒に弱い。 「で、見返りはなんなんでしょうか?」 さっきの言いようだと何か策があるのだろうが、せっせと空欄を埋め始めた火神は空返事を返すばかりだ。 「まぁ…なんだ」 火神は黒子をそっちのけで課題をこなすことに躍起になっているのだとばかり思っていたので、意表を突かれてしまった。 「あれだな、金曜日は着替えを余計に持ってきておけよ。下着の他に普通に着るヤツも 口を噤んで返事をしなくなった黒子を訝しんだ火神は一端手を休めて顔を上げたが、白けきった蒼い目が冷たくこちらを見ていた。 「な、なんだよ」 ダンッと火神は拳を机に叩きつけた。シャープペンを持ったままだったのでぽきりと芯が折れ、黒子の頬に当たる。 「っつ!」 ちくっとした痛みを頬に感じて黒子は反射的に目を瞑った。 「あ、わりい!」 芯の当たった箇所を指先で擦る。芯はもうどこかへ飛んでいってしまい見当たらない。 「いい度胸してますね火神君。課題は手伝ってあげませんから思う存分頭を悩ませて下さい。余計な荷物は重くなるだけなので、予備の衣類は持ってきませんから」 火神の叫びと被るように予鈴が鳴った。まだ写し途中だったけれど容赦なくプリントを回収する。 「先生が来ちゃいますよ。前を向いたらどうですか」 机の中から日本史の教科書とノートを出しながら促すと、しぶしぶ火神は正面に向き直った。 しかし火神はなぜ突拍子もなく予備の衣類を持ってこいと言い出したのだろう。金曜日は午後から雨が降る予報でも出ていたのか。それとも着替えが必要になる授業や、部活で何かやる予定があるのか。そんな話は今現在耳にしていない。 「そもそもどうしてそんな話しになったんですかね」 高尾が可哀想だからいい加減やめてやれ、課題のプリントを写させろ、それで手を打ってやる。金曜日は居残り練習しないでさっさと帰れ、着替えは多めに持ってこい。火神はそう話していた。 「秀徳に殴り込みにでも行くつもりなんですかね…」 秀徳と言うか緑間か。 「…!」 ちょうどその時鞄の中の携帯電話が震えた。メールか電話が来たのだ。周囲に気付かれないよう腕を伸ばして静かに取り出し、教科書を盾にして画面を開く。 『あれはな、最初に言い出したの俺じゃなくて高尾だぞ!黒子にいちよう言っとけって 自分に直接言えば早いのにと思ったけれど、火神と高尾が会話する中で出てきた話なら火神経由にもなるだろう。 『そう言うことなら持ってきます。わざわざどうも』 あの高尾のことだ。何か理由や策があって火神にそう伝えたのだと思う。 『そう言うことなら持ってきます。わざわざどうも。それとは別に、高尾君からの伝言を餌に課題を見せろっていうのはどうかと思います。今週中は手伝わないので頑張って下さい』 送信ボタンを押すと火神の手元にあった携帯電話が震え、即座に内容を確認しているのが僅かに伺えた。 高尾には帰宅してからわざわざすまないとメールを送ったのだが、 『真ちゃんツンデレだしどうやって仲直りしたら良いのかさっぱり分からないってもんもんしてるよ。本とか読んで研究してるみたいなんだけどさー。あ、今度の土日部活ないんでしょ。うちもバレー部が練習試合するから体育館使えなくてないんだよな。良い機会だからダメ彼氏にお説教してやって!』 と絵文字満載な返信が届いた。 「お風呂早めに入っちゃいましょう」 いつもなら疲労困憊で引きずるように浴室へ向かうのに、今日は跳ねて行けそうな足取りだ。 「真ちゃん今日どうすんのー?」 黙々と仏頂面で学食を口に運んでいる緑間の向かいで高尾は同じメニューを食べていた。本日は人気の鯖味噌定食なのだが口に黙々と運ぶ緑間の顔を眺めているとちっとも美味しそうに見えない上、自分のも味気なく思えてくる。鯖味噌が可哀想だ。 「帰り?」 高尾と火神が間に入って愚痴も兼ねた状況確認や伝達を行っていたけれど、黒子に伝えた事と言えば『着替えを多めに持ってこい』くらいだった。具体的な内容は何一つない。 「そう…だったな」 ぴたりと箸を止めた。高尾に指摘されてようやっと気が付いたようだ。 「まだ時間あるし今のうちにメールでもしておいたら?」 それ以前にどうやって仲直りするのか考えついたのかすら不明だ。散々悩んでいたけれど、解決策は見つかったのだろうか。 「……」 「黒子聞いてんのかー?」 順調に課題をこなし、荷物も早々に準備して週末が訪れるのを黒子は心待ちにしていた。 「おい黒子!!」 ぐいっと肩を捕まれ半ば強制的に火神の方を向かされる。 「痛いです火神君」 むっとして抗議するが一向に離してくれない。これでは跡が付いてしまいそうだ。 「…もう。ちゃんと泊まる準備はしてきましたし家族にも伝えてありますよ。ご心配な 部活終了後、一年生が分担して片付けとモップ掛け行い二年生は簡単なミーティングをしていた。 「心配には及びませんよ」 隣の火神を降り仰いだときだった。 「って、緑間…?」 制服姿の緑間が扉を両腕で開けた状態でそこに立っていた。走ってきたのか額から汗が幾筋も流れている。 「えーと、ちょっと待ってろな。今呼んでくるから」 黒子と一緒にいたはずの火神がいつの間にか戻ってきていた。ならば隣に黒子がいるはずと目を向けるが生憎その姿は見当たらない。 「おい火神、黒子は!?」 扉の所に立つ長身の男の姿を見るや否や、やれやれと肩を竦める。察するものがあったのか躊躇を一切せず、未だ呼気を整えている緑間に向けて声を張り上げた。 「そんな大声でなくとも聞こえるのだよ…」 汗だくでぜえぜえ息を吐く男が言っても強がっているようにしか見えないのにと、火神は呆れながら黒子を呼びに戻った。 「黒子迎えがきてんぞ。さっさと帰れ」 体育館倉庫内で用具を整理していた黒子の二の腕を掴むと、喚く黒子を無視してそのまま有無を言わせず部室まで引きずっていった。 「ほれ着替えろ」 ロッカーを勝手に開けると中から制服を取って戸惑う黒子に押し付ける。ついで鞄やらなにやらも引きずり出してベンチに置いた。 「もう…。迎えって誰ですか」 片付けが終わっていないと着替えに躊躇していた黒子はその返答に顔をばっと上げた。 「緑間君ですか!?」 途端に大急ぎで帰り支度を始めた黒子の姿に火神は苦笑しながらも手を貸し、脱ぎ捨てた衣類を黒子の鞄に押し込むと開けっ放しのロッカーも閉めたやった。 「今頃表の水道で顔洗ってんじゃね。汗まみれだったしリアカーじゃなくて自分で走ってきたんだろうな」 いそいそと制服の上着のチャックを上げて火神から手渡された鞄を肩に掛け、部室を後にしようとしたところではたと思い出し、再び鞄を開けて中からクリアファイルを取り出す。 「月曜日ちゃんと持ってきて下さいね。忘れたら承知しませんよ。それじゃ失礼します」「…?あ、ああ。転ぶなよ」 走り去る黒子を手を挙げて見送った後でクリアファイルの中を確認した火神は思わず笑ってしまった。中には国語と古文の課題用のプリントが入っていたからだ。 「ったく」 大事に自分のロッカーにしまうと片付けを終えるべく体育館に歩き出した。 「緑間君!」 蛇口から流れる冷水で汗を流していると近づいてくる足音に気付いた。ここを利用する生徒かと思ったが、自分の名を呼ぶその声に一瞬手が止まる。 「は、早かったのだな」 そこで会話が途切れてしまう。視線の先の黒子も少し気まずそうだ。 「え、あ、あの…」 そのまま半ば引っ張るようにして歩き出すと、黒子も慌てて足を動かしついてくる。 「あの緑間君…」 有無を言わせずぐいぐい手を引く。久々に触れた黒子の手の感触に泣きたくなってき 「あっ!」 が、早く帰宅することばかりに躍起になり、黒子が段差に蹴躓くまで周りがあまりも見えていなかったのに気付かされた。 余裕がなさ過ぎて情けない。 「すまない、大丈夫か?」 派手に転倒するところまではいかなかったけれど、黒子は両膝を地面に着いてしまっていた。息も上がっている。 「怪我はないか。痛むのなら…」 呼吸を整えると黒子は立ち上がり制服に付いた埃を払い落とす。 「ふう」 がっくりとうなだれる緑間の姿に黒子は笑みをこぼし、大丈夫だからと長い腕をぽんぽんと撫でた。 「もういいですから。ただ少しだけ速度を落としてくれると助かります」 緑間が頷くのを確認した黒子はさっきまで一方的に掴まれていた右手にそっと己の手を添える。 「く、黒子!?」 やっと合った目元は照れて紅くなっているのに黒子は口元を緩ませる。絡ませた手を揺すって歩こうと促せば、そっと握り返されたのでしっかり握れと言わんばかりにぎゅっと力を込めた。途端に強く指を絡めてくる温かく大きな手が愛おしい。 「ところで緑間君、確認なのですが君の家に向かってるんですよね?」 火神と高尾から教えられてはいたけれど、本人からは直接言われていなかったので念のための確認だった。 「な…なにか予定が入っているのか?」 ぴたりと緑間の足が止まった。 「おい!」 今度は紅くなった顔に黒子は満面の笑みを浮かべた。 道中あまり会話することなく緑間の自宅に到着した。 「で、喧嘩してみてどうでしたか?」 一息着いたところで面白かったかとからかい混じりに問いかけた。 「面白くなどあるものか。もうしたくないのだよ」 そりゃあそれが一番だ。一番だけれど避けては通れない道でもある。 「僕火神君とはしょっちゅう喧嘩してるんです」 普段あまり喋らないのもあってか喉の乾きが早かった。半分程度まで減ったところで急須から注ぎ足し、口に含んだ。 「火神君と君は逆のタイプじゃないですか。とは言っても思ったことは正直に言ってしまう面は似てますけどね」 火神と黒子の間には相棒としての信頼関係が成り立っていて、幾度となく見せつけられている。無論そこには恋愛感情など微塵もないのだが、緑間は目にする度胸が締め付けられどうしようもない衝動に駆られる。 「だからきっと違う形をしているんだなって。違う形で、でもちゃんと君のことを認めてるから喧嘩らしい喧嘩にならないんだろうって思ってます」 いったんそこで切って残りの茶を一気に飲み干した。ことりと静かに湯呑みをテーブルに置き、緑間の膝の上にある大きな手に黒子は手を重ねた。 「ちゃんと僕は知ってますから。何て辛辣なことを言うんだって周りの人が言っても、本当は何を伝えたいのか僕はそれを知っていて、全部は無理かもしれないけれど受け止めたいと思ってるんです。だから喧嘩に発展しないんじゃないですかね」 強ばっている緑間の手を撫でているとそこから外され、代わりに肩を抱かれ胸元に引き寄せられた。力いっぱい抱き締められ少々息苦しいけれど緑間の好きにさせる。 「黒子…」 覆い被さっている緑間の背を撫でていると微かに力が抜けてきた。耳に当たる髪がくすぐったい。 「だが結局答えは見つからなくて、だけれども会いたくて触れたくて仕方がない。気が付いた時にはお前の元へと走っていた。実際お前の顔を見たらあれこれ考えていたのが全部吹き飛んでしまったのだよ。ああ、考えるだけ無駄だったのだなと、初めからこうすれば良かったのだとその時やっと分かった」 小刻みに震えている緑間の声色は今にも泣き出しそうで、黒子は今更ながらに酷く後悔した。 「僕こそ…軽率に喧嘩しましょうだなんて言って、すみませんでした」 ――ごめんなさい。 か細くなる声が情けなくて、黒子は泣きたくなってくる。 「もう、いいのだよ」
「喧嘩などしていなかった。そうだろう?」 「だからこれでおあいこにするのだよ」 涙がこぼれないよう堪えるのに必死だったのに、目元に落とされた温かな唇の感触にあっさり白旗を上げてしまった。 数週間ぶりに交わすキスはほんのりしょっぱかった。 |