さらり

「室ちん、そんなに俺の髪好きなの?」

 情事のあと、後始末をして汗も拭き取り疲れもあってかうつらうつらとしていた敦に何気なしに聞かれた。

 まだ熱も冷めきっておらず、顔も僅かに紅潮している敦は気だるげにベッドに横になり枕に顔を埋めている。
 何も衣類を身に纏っていないので風邪をひいてしまう、とシーツを掛けたけれども暑くて邪魔だと言うのでせめてもと下半身には被せた。
 本格的に寝入る前に何か着せないととぼんやり考えながら、傍らに座り込んで敦の頭部に手を伸ばす。

 敦の髪は少し癖があるものの、柔らかくてさらさらとしている。
 その感触を楽しみながら髪を梳くように手を動かすと、気持ち良いのか敦は目を細めて息を吐いた。
 こめかみを辿り頬に掛かっている髪を掬い上げ耳にかけて、現れた頬を撫でているとくすぐったのか身を竦めながらこちらに視線を向けてくる。

「室ちん、そんなに俺の髪好きなの?」
「え?」
「よくいじってるよね、髪」

 なんだばれてたのかと、苦笑しながら頷いた。

「好きだよ、敦の髪。撫でてるととても心地良い」
「ふーん」
「いやだったか?」

 なら止めるけどと敦の顔を覗き込むと、少し頭を上げてゆるゆると首を振り甘えるように頬を撫でている手に擦り寄ってくるので好きなようにさせた。

 猫のようで可愛い。

「ううん。気持ち良いし、室ちんに撫でられるの好き。もっと撫でて」
「良いよ」

 そのまま敦が眠りに落ちるまで撫で続けた。
 何も着せないでしまったなと少しだけ後悔して、肩まで引き上げたシーツの上から毛布を被せると敦の隣に潜り込んで明かりを消す。
 おやすみと、額に口付けて眠りについた。

 

 

 放課後の部活の最中、ふと敦に目をやった。
 文句を言いつつも負けるのは嫌だからと練習に励んでいる姿に、何となく幼さを感じて微笑ましくなる。
 荒く息を付きながらゴールを睨みつけていた。
 流れる汗が額から頬を伝い、顎の先に溜まって動くたびに飛び散っていく。全身汗だくだ。
 少し長めの髪が頬に張り付いている。そう言えば情事の最中にもよく見られる光景だな
と、その敦を思い描いてしまい打ち消すように慌てて首を振った。練習中に何を考えているのかと、汗をタオルで拭いスポーツドリンクを煽る。
 もう一度敦を見ると福井と何かを話していた。

「敦、髪の毛邪魔じゃないのか?」

 短く切るか縛れば?と福井が呆れたように敦を見上げている。
 あれだけ激しく動いているのだ。伴って髪もばさばさと乱れるし、顔にも掛かるのだから見ている方が気になってしまうのだろう。
 それに対して敦はんーんと顔を横に振る。

「別に邪魔じゃないしー。面倒だからこのままでいい」

 福井は呆れたように肩を竦めた。

「見てる方がイライラしてくんだよ・・・」
「ふーん」

 敦は分かっていないのか首を傾げているけれど、そうする事によって髪がいくつか頬を流れてまた張り付いた。今度は口元に届きそうな位置にも付いてしまっている。

「だー!もう気になるー!」

 それを見た福井が苛立ちを隠そうともせず怒声を上げた。確かにそうなので福井の気持ちが分からないでもない。
 しかしそれ以上にその姿を他の誰かに見られているのと言うのがどうにも気に障る。
 敦は口元近くに張り付いている髪をちょいちょいと指で払っていたが、それを見た福井がまた咎めていた。
 やはり気に食わない。一度気になってしまうと駄目だった。
 汗で髪の乱れた状態の敦を他の誰かに見せたくなかった。

 

 翌日の土曜日、珍しく部活動が休みとなり思いがけない連休を手に入れた。
 敦は朝食後部屋に戻ってから時間を持て余しているのか、ベッドでごろごろと横になっている。

「敦、俺出掛けるけどどうする?」

 一緒に行くかと訪ねると、目をしょぼしょぼさせながらこちらを見上げてきた。

「俺はいいー。月曜まで出さないと駄目な課題があるんだよね・・・」
「ああ、それじゃそっち優先だね」
「めんどくさいけどやらないと岡ちんとかうるさいしー」
「そりゃバスケばっかりやってても進級出来なかったら仕方ないだろ」
「うー」

 口を尖らせて唸る敦を尻目に財布と携帯電話をショルダーバッグに入れ、ジャケットを羽織った。
 ベッドに寝そべっている敦の頭をぽんぽんと撫でる。

「なにかお土産買ってくるから、ちゃんと課題やってるんだぞ」
「うん」
「分からないところがあったらちゃんと教えてやるから」
「うん。いってらっしゃい」
「ああ、行ってきます」

 敦の頬にちゅっと軽い音を立てて口付けてから部屋を後にした。

 

 電車で数駅のところで下車する。休日なのもあってかいつもより買い物客で街中は賑わっていた。 
 駅前通りにあるデパートへと向かう。近場ではわりと大きなデパートで専門店も多くあ
り、店内のスポーツ用品店には随分とお世話になっているが今回の目当ては違う店だっ
た。
 デパートに入ってすぐの所にある案内板を確認してからエスカレーターに乗り目的のフロアで降りる。
 雑貨や若い女性が好みそうな服を扱っている店舗が多くならんでいるためか、客層もそれに伴った年代の人が多いようで若干浮いてるけれどあまり気にせずに各店を見て回った。

「・・・と」

 お目当ての物を見つけて足を止める。
 小物や雑貨を多く取り扱っている店内は自分と同年代の女子で賑わっていた。
 ちらちらとこちらを見てくる視線を感じたけれど、少女達ばかりの中ではそりゃあ目立つだろうと適当に流して物色する。
 髪留めやゴム、ピンが並ぶ一角であれこれ手に取って眺めてみた。
 レースやリボンがあしらわれた物は可愛いし敦に似合いそうだけれどもさすがに駄目かなと諦め、敦でも簡単に付けられそうなシンプルな商品をいくつか選びレジに持ってい
く。
 プレゼント用にラッピングするかと問われたので断って可愛らしい紙袋に入れて貰い店外に出た。
 地下の食品売場で忘れずに敦の好みそうなケーキと菓子、昼食用のサンドイッチやサラダを購入してデパートを後にする。

「敦はまじめに課題やってるかな・・・」

 なんとなくあのまま寝てしまっていそうだなと苦笑しながら帰路に就いた。

 

 

「ただいま」

 寮に戻りノックしてから部屋のドアを開ける。鍵は掛かっていなかったので、敦は部屋にいるのだろう。
 しかしただいまと言っても返事は返ってこない。いつもなら、お菓子を食べてる最中でも口をもごもごさせながら返事をするというのに。
 靴を脱いで部屋に入りきょろきょろと室内を見渡すと、敦は自分の机に大きな体を丸めるようにして突っ伏していた。
 荷物を置いてそっと近付き覗き込むと広げたノートと教科書の上で腕を枕代わりにして寝入っている。
 課題には取り組んでいたのだなと一安心して起こさないよう静かに離れ向かいの自分の机のイスに脱いだジャケットを掛けた。買ってきた食品類の内、必要な物を冷蔵庫に入れてから室内着に着替える。

「室ちん・・・?」

 そうしている内にいつの間にか目を覚ましたらしい敦が目を擦りながら歩いてきた。

「敦起きたのか」
「うん・・・いつ帰ってきたの?」
「ついさっきだよ。敦寝てたから起こさなかったんだ」
「そっか・・・お帰り室ちん」
「ただいま敦。ちゃんと課題やってたんだな」

 うんと頷く敦に笑みを浮かべる。

「そろそろお腹空かないか?お昼も買ってきたんだ」

 机の上の時計を見て時間を確認した敦は思い出したように腹を押さえた。
 時計の針は正午を少し過ぎた辺りを指している。

「食べる・・・お腹空いたし」
「今準備するから」

 準備といっても飲み物とサラダ用の小皿とフォークを用意する程度だ。
 課題をやって頭を使ったからお腹が空いたと呟く敦に自分の分のサンドイッチを少し分けてやる。

 食後のデザートはないの?と聞いてきたので、ケーキを買ってきたから後でお茶をしながら食べようと言うと瞳を輝かせながら頷き返してくれた。

「課題は終わったのか?」
「終わったよー」

 食後並んでベッドを背に座っていると再び眠気が襲ってきたのか、欠伸をしながら敦がこてりと肩に寄り掛かってくる。
 敦の方が身長がだいぶ高いのだから当然座った状態でも頭部はそれなりに上にあるのだけれど、体制を斜めにしているから難なく肩に頭を乗せられたようだ。

 さらりと髪が流れる。
 ああやっぱり綺麗だ。
 思わず手が伸びるが、はたと思い出し方向転換してベッドの上に置いてある紙袋を引き寄せ、シールを剥がして袋から中身を取り出した。

「敦ちょっとだけ顔上げてくれるかい」
「んーなにー?」

 言われた通り素直に顔を上げた敦の頬を掠める髪に手を差し入れた。
 そのまま掬い上げると耳に掛け、片手に持っていたヘアピンでこめかみの辺りで髪を止める。

「なにこれ」
「ヘアピンだよ。こうすれば邪魔にならないし、福井先輩にもうるさく騒がれないぞ」

 ヘアピンを指で探って感触を確かめている敦に、他のゴムやピンも手に乗せてほらと示した。

「部活中だけで構わないから使うと良いよ。ゴムも簡単に使えるだろう」

 すぐにどこかに無くしてしまいそうだからと小さな半透明のケースに入れて敦に渡す。

「これ買いに行ってたの?」
「そうだよ」

 そっかあと物珍しげにケースの中身を観察していたけれど、顔を上げて微笑んだ。

「ありがと室ちん」
「ああ」

 ヘアピンで髪を留めた姿も可愛いなと頬が自然と緩んでくる。
 初めは他の人間に髪が乱れた敦を見られたくないという、つまらない嫉妬心からの行動だったけれど結果良ければ全て良しと納得することにした。

「敦、眠いならベッドで寝なよ。ここだと体が痛くならないか?」
「んー・・・そうする」

 もそもそとベッドに這い上がってそのまま横になる敦の髪からさっき付けたピンを取り、ケースに戻した。

「・・・?」
「付けたまま寝たら痛いだろ」
「そっか・・・」
「起きたらお茶にしような」
「うん・・・」

 程なく眠りについた敦にタオルケットを掛けて、自分の課題を片付けるべく勉強机に向かった。



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