二人暮らし
※高校卒業後、同居しながら大学に通ってる事になってます。



 リビングの真ん中に設置されている黒一色のそれほど大きくもないテーブルの上には現在今夜の夕食の品々が並んでいる。
 今夜はナスの味噌炒りと麻婆豆腐とインスタントのシジミの味噌汁のようだ。夏ばて防止対策のメニューなのだろう。
 猛暑日が連日のように続いていて体力を奪われて食欲も失せ気味な日々だけれども、味噌と麻婆の香りが弱り気味の胃袋を活性化してくれるのか空腹感が沸き上がってくるのがわかった。

「ではいただきましょうか」

 支度を終えた黒子が身に付けていたエプロンを外して緑間の向かいに座る。
 濃紺のなんの飾り気もないシンプルなエプロンだが、黒子によく似合っていると緑間は日頃から思っていた。
 新妻のエプロン姿がたまらなく好きだ萌えると熱心に話していた友人を以前はばかばかしいと心底呆れて眺めていたけれども、今では悔しい程にその気持ちが理解できる。
 いかにも着慣れていない真新しいエプロン姿でちょっと危なっかしい手つきながらも一生懸命包丁を操り、辿々しい仕草で時々首を傾げながら味付けをしている後ろ姿に感奮してしまった。

 お玉と菜箸を手に、

「もう少しで出来るんでちょっと待っててくださいね」

 などとこちらを振り返りながら言われた日には感極まってしまい、それが顔に現れないよう耐えるのに必死になってしまったものだ。
 たまにそれよりお前が食べたいと背後から多い被さりたい衝動にも駆られる。その内持ち堪えられずに事に及んでしまいそうな気もする。
 せっかくだから色々なタイプのエプロンを着回してみれば良い。もっと色の明るい物やレースがあしらわれた物、割烹着も似合いそうだ。
 今度ラッキーアイテムと称して着させてみるかと、妄想を巡らせていると、

「緑間君、食べないんですか?」

 冷めてしまいますよ。と不思議そうな表情を浮かべている黒子に声を掛けられた。

「い、いやいただくのだよ」

 慌てて視線を食卓に戻して緑間の前に置かれた箸を手にする。
 味噌汁を一口含む。インスタントとはいえ出汁もきいているしシジミもしっかり入っていて美味しい。ほっと息をついた。ナスの味噌炒りもあまり濃い味付けではないが、ナスに味噌が染み込んでいてご飯がよく進む。麻婆豆腐は市販の素を使用して作ったのだろう。
 会話は少なく、音量を低めに設定したTVのニュース番組が静かに流れている。
 緑間も黒子も食事の時間は静かな方を好んでいた。
 たまに黄瀬や高尾といったなじみのメンツが訪れ一緒に食事をすることもあるが、その都度静か過ぎるもっと会話しろと口うるさく騒ぎ立てている。
 なんの問題もないうるさいのは好きではないと相手にしないで流していた。

「ナスしょっぱくないですか?」

 黒子が器に盛られたナス炒りをつつきながら、緑間の表情を伺っている。
 首を左右に振り、問題ないと態度で示した。

「いや、この位でちょうど良いのだよ」
「なら良いです」

 ほっとした表情で黒子は食事を再開した。

 

 黒子と緑間が一つ屋根の下で暮らすようになって数ヶ月経った。はじめの頃と比べれば二人暮らしにもだいぶ慣れたと思っている。
 が、それはそれ。家事に関してはお互いとてもじゃないが誉められたレベルではない。 中学高校とバスケに明け暮れ、家の手伝いなどろくにしていなかった。
 緑間は家庭科の成績は決して悪くなかったけれども、それは授業態度と筆記テストの点数から得たもので実技の方は散々だ。
 裁縫はましは方だったが調理実習はひどいものだった。味付けはしっかり計って分量通りの調味料を順番に入れていけば良いのでなんの問題もなかったのだけれど、包丁を手にじゃがいもの皮を剥きにかかれば同じ班の女子が青筋を浮かべながら『緑間君はお鍋の様子を見ててね!』と包丁を緑間から取り上げていった。
 自覚はなかったけれども周りからすれば見ていられないような手つきだったらしい。 身近な人物だと黄瀬は簡単な料理なら作れるし、青峰も予想に反してなかなかの腕前を合宿先等で披露していた。
 最も青峰の場合、自衛も兼ねていたようだったが。
 高尾も高校生男子としては上手いと言える部類だった。

 しかしある日黒子から、

「火神君一人暮らしなのもあってか、料理がとても上手なんですよ。この前食べさせてもらいましたが羨ましいです」

 と聞かされてから言葉では言い表せないような嫉妬心が沸き上がり、それまで指や手に傷を負ってしまってシュートに影響が出てはいけないと都合の良い言い訳を並べ立てて避けていた包丁と真面目に対峙するようになった。
 大学入学を期に黒子と暮らすようになるまでには絆創膏のお世話になる機会も殆どなくなるまでにはなっていた。
 いつか黒子に振る舞えるくらいにはなりたいものだと日々励んでいる。

「・・・緑間君、やっぱり口に合わないんじゃないですか?」

 あれこれ思考を巡らせていたためか箸が止まりがちな緑間に黒子が表情を曇らせながら訪ねてくる。
 はたと気付いた緑間は慌てて不定した。

「そんなことはないのだよ。少し考え事をしていただけだ」
「そう・・・ですか」

 緑間の返答を聞いても黒子は浮かない顔をしている。

「どうかしたのか?ちゃんとどれも上手いのだよ」

 惚れた弱みなどではなく、美味しいのは事実だ。

 

 

 

「緑間君このメニューを見てなにか気付きませんか?」
「は?」

 改めてテーブルを見下ろしたがこれといって変わった点はないように思える。米の種類をいつものと違うのにした。とかだろうかと飯を口に運んで噛みしめても味は一緒だった。
 首を傾げる緑間に黒子は溜息をついた。

「昨日の夕食はなんだったか覚えてますか?」
「昨夜は・・・麻婆茄子と冷や奴だったな」
「そうです。一昨日は焼き茄子と炒り豆腐でした」
「ああ、そうだったな」

 それがどうかしたのだろうか。
 一般家庭でも普通に食卓に並ぶメニューだ。なんらおかしくない。
 さっぱり分からない様子の緑間に黒子は肩を落とした。

「そろそろ飽きませんか?」
「なにがだ。別に飽きないのだよ」
「そ、そうですか・・・」

 緑間の発言に黒子は嬉しいような申し訳ないような、なんとも言えない気分になってくる。
 もう一度黒子は料理に目をやった。案外気付かないものなのだろうか。

「なんなのだよ。はっきり言え」

 周りくどくではなく最初から何が言いたいのか分かるよう主旨を話せばいいものを。残り少なくなった味噌汁を飲み干してから黒子を促した。

「あのですね、茄子と豆腐にそろそろ飽きてきませんか?」
「・・・・・・」

 茄子と豆腐?なんのことだと思ったけれども、はたと気が付いた。
 黒子が食事当番になってから今日で3日経つが、よくよく考えてみれば毎日茄子と豆腐を使用した料理が食卓に並んでいる、
 忙しい大学生活の中、当番制とはいえきちんと朝夕の食事の支度をしている黒子に感心しつつ自分ももっと家事をこなさなければと気持ちも新たにしていた。
 出される料理には多少味付けがいまいちでも文句も言わなかったし、むしろ言えるわけがなかった。
 緑間が作る料理よりも確実に上手いからだ。

「飽きないのだよ。材料が同じだけでメニューはいつも違うだろう。それに茄子や豆腐は夏バテにも効果がある。なんの問題もないだろう」
「そうですか、ね・・・」
「そうだ」

 緑間が言い切ると黒子はほっとした顔で見返してきた。

「ありがとうございます。もっとレパートリーを増やせれば良いなと日頃から思ってまして」

 カレーを作れば数日間カレーが続いたけれども、緑間が担当したある時は一週間毎日チキンライスだった。しかも毎回ちょっと焦げていた。
それに比べれば黒子の作る料理は種類が多い。なんの文句が言えようか。

「気にすることはないのだよ」
「はい。・・・もうすぐ夏休みじゃないですか。休み中に火神君に料理を教えてもらおうかなと考えてたんですよね」

 時間もたっぷりあるしと次いで呟いた黒子に緑間は驚愕した。

「なんだと!?」
「ですから火神君に料理を・・・」
「駄目に決まっているのだよ!!」
「なんでですか。前にも教わってたし良いじゃないですか」
「駄目なものは駄目だ!あいつと二人切りなど許さないのだよ。なにかあったらどうするのだよ!」

 空になったお椀が軽く浮くくらいに、緑間は怒鳴りながら茶碗をテーブルに叩きつけるように置いた。
 なんの心配をしているのだと黒子は呆れたけれど緑間は駄目の一点張りだ。

「じゃあ緑間君も一緒に教えてもらいましょうよ」
「断るのだよ!」

 火神と二人切りなのが駄目だというなら緑間も一緒なら良いだろうと言う黒子の案は却下されてしまった。
 やれやれと、食事を終えた黒子は緑間の食器も一緒に片づけると席を立ち、お茶を煎れるために台所へと足を向ける。
 そんな黒子の背に緑間は声を掛けた。

「お前の作るものなら毎日同じメニューでも構わないのだよ」
「なに言ってるんですか君は」

 振り向かずにぼそりと呟いた黒子の耳が赤くなっていく。

「耳が赤いぞ。どうかしたか?」
「ちょっと暑くなっただけです」

 食事の後だし体温も上がっているから暑く感じるのかと一人納得した緑間は、エアコンの設定温度を下げるべくリモコンに手を伸ばした。

 

 

 黒子は食器を洗いながら先ほど緑間に言われた言葉を思い返していた。

「プロポーズみたいじゃないですか、あれじゃ」

 似たような台詞で主人公がプロポーズするアニメだか漫画があったような気がする。あれは「毎朝あなたの作った味噌汁が食べたい」とかそんな感じだったなとうろ覚えな記憶を巡らせた。

「あれで本人なんだか分かってないんでしょうね」

 無自覚とはおそろしいものだ。
 食器棚からグラスを2つ取り出し冷蔵庫の製氷器から氷を数個それぞれのグラスに落とした。麦茶の入った容器を出すために冷蔵庫の扉を開けると、黒子は暑くなった顔を冷やすために中を覗き込むような体制のまま暫く留まる。
 開けすぎ防止のブザーが鳴るまでその体制でいた。

 

 

 翌日、リビングのテーブルの上には緑間が高尾から貰ってきた男子学生向きの料理教室のチラシがこれ見がよしに置いてあった。

「二人分で申し込んできたのだよ」

 と得意げな顔で言われた黒子は苦笑しながらも了承した。



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