待ちぼうけ


「敦・・・?」

 洛陽高校の最寄り駅の改札口を早足で抜ける。天気予報では今日から明日に掛けて大雪になると注意を呼びかけていた。
 予定していた新幹線より2、3本遅いのに乗ってしまい内心焦っていた。
 新幹線は秋田までは行くだろう。しかし問題はそこからだ。在来線はあまりにも積雪量が多いと止まってしまう場合がある。在来線が動いていても最寄り駅から寮に戻るのも苦労するに違いない。
 幸い新幹線も在来線もまだ動いていて無事駅まで辿り着く事が出来た。
 しかし天気予報は大当たりで、分厚い雲に覆われた空からは大粒の雪が視界を遮るように降り続き、既に積もり始めていた。先日やっと先週降った雪が粗方溶けたばかりなのに。

 屋根の隙間からからもホームに雪が入り込んできていた。駅員がせっせと雪かきに勤しんでいる。
 生憎傘は邪魔だからと持っていかなかった。
 ポケットから手袋を取り出して身に付けながら入り口に向かって歩いていると、あまり役に立っていなさそうな駅の屋根の下でこちらに背を向けて長身の男が立っているのが見えた。
 日本人離れした身長のためかちょっと猫背になりがちな見慣れた後ろ姿。
滑らないように足下に注意を払いながら、早足で近づいていく。

「敦!」
「あ、室ちんおかえりー」
「お帰りって・・・敦、迎えにきてくれたのか?」
「うん」

 声を掛けるとこちらに気付いて振り向いた敦は、厚手のコートに手袋とブーツを身に付けていた。

「そうか・・・ありがとう。でもなんで中で待ってなかったんだ?頭にも肩にも雪が積もっちゃってるじゃないか」

 駅構内ではなく外で立って待っていた。屋根の下とはいえ頭や肩には吹き込んできた雪が積もり始めていた。一体いつからここで待っていたのか。
帽子を被っていない耳や鼻先が赤くなってしまっている。
それを払い落としてやっていると、嬉しいような申し訳ないような気持ちになってくる。

「ごめん、敦。待っていてくれるとは思ってなかったから連絡しなかった」
「ううん、良いよ。俺が勝手に待ってたんだから」
「メールの一つでも送れば良かったな」

 本当に。新幹線のデッキからなら電話だって掛けられたのにと今更ながらに後悔した。自分の首に巻いていたマフラーを外し、紫原の首に巻き付けた。

「暖かーい。ありがと室ちん。でも室ちん寒くなっちゃうね」
「俺は大丈夫だよ。帽子もあれば良いんだろうけど生憎持ってないんだ」

 赤い耳を見てると霜焼けになってしまうのではないかと心配になってくる。早く寮に戻って暖まろう。

「大丈夫だよー。それより帰ろうよ、寒いし」
「そうだな。傘は流石にあるんだろ?」
「持ってきた」

 敦が左手首に掛けていた傘を開いたので、隣にすっと並んで駅から寮へと歩きだした。
 ここから寮まで通常なら歩って10分程度だが、この天候ではもう少し掛かってしまうだろう。仕方がないとはいえ、早く敦を暖めたい心境から自然と早足になっていた。

「・・・っと」
「室ちん危ないよ、滑るから。ゆっくり歩こうよー」
「そうだな、悪い。転んだら大変だ」

 氷点下の気温の元早々に凍り始めた路面に足を滑らせてしまった。転倒は免れたけどひやりとする。
 敦の方が身長が高いし体格も当然良い。一緒に転ぶはめになったら庇いきれる自信が今一つなかった。
 転んで怪我でもしたら一大事だ。気を取り直して速度を落とし足下に注意を払いながら再び歩き出す。

「いつからあそこで待ってたんだ?」
「んー室ちんが乗ってくるって言ってた新幹線が到着する頃かなー」
「そうか・・・」

 ずいぶん待たせてしまったな。ため息を付いて肩を落とした。

「室ちんもしかして迷惑だった?」
「どうして?そんな事ないさ、敦が待っていてくれて嬉しかったよ」
「ほんとー?」
「ほんとだよ。まさかいるとは思わなかったからとても嬉しい。でも随分寒い中待たせちゃって悪かったな・・・ってな」

 四六時中お菓子を頬張っている敦が、そのお菓子の一つも食べずにずっとあそこで立って待っていたなんて。
 なにかしら食べていたなら体温も上がっただろうに、こんな気温の中じゃとても食べる気にはならなかったか。

「良いってば。俺が勝手に待ってたんだしー」
「そっか。・・・敦にお土産買ってきたんだ。こっちじゃあまりなさそうなお菓子とかなんだけど、帰ったら食べような」
「うん!やったねーありがと室ちん」

 鞄と一緒に持っていた紙袋を見せると、とたんに敦は心底嬉しそうに顔を綻ばせた。
 紙袋の中は東京駅で購入した菓子類が入っている。数店舗回って歩ったのだけれど、その内の一つで有り難いことにそれまで買った物を大きめの紙袋に纏めて入れてくれた。ちょっと重くなったけどいくつもがさがさ持ち歩くよりはずっと楽になった。
 なにより敦が喜んでくれたならそれで良かったし、この程度は苦にもならない。

「でもまずはあったまらないとな」
「そうだねー」

 寮に戻ったらまずは何より先に敦を風呂に入れて体を温めないと。
 お土産のお菓子を食べるのはそれからだ。


「室ちん上がったよー」

 ほかほかと湯気を上げながら敦が風呂から出てきた。顔を見るとほんのりと頬が紅くなっている。しっかり暖まってきたようだ。
肩に掛けたタオルで髪から滴る水滴を拭っている。

「じゃあ俺も入ってくるよ。あ、土産ベッドに置いてあるから食べて良いぞ」
「ううん。室ちん待ってるー」
「そうか?あ、髪はしっかり乾かすんだぞ」

 そこにドライヤーあるからとサイドボードを指して浴室に向かった。
 扉の向こうからわかったーと間延びした返事が返ってしかけれど、いまいち信用ならないのはいつも自分が風呂上がりに髪を乾かしてやってるからだろう。敦が待っているのならなるべく早めに入浴を済ませてしまおう。


「敦髪は・・・今日は乾かしてるな」

 風呂から上がると敦はベッドの上でごろりと値転がりながら雑誌を読んでいた。脇にドライヤーが転がっている。
 髪も今日はしっかりと乾かしてた。これはこれでちょっと寂しい気もする。

「うん。だってお菓子早く食べたいしー」
「先に食べてて良かったんだぞ」
「室ちんと一緒に食べたかったんだもん」

 そう言われてしまえば先程の寂しい気持ちはどこへやら、頬が自然と緩んでくるのが分かった。

「飲み物用意するよ」

 部屋に設置してある小型の冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを取り出して、棚からカップを手に戻る。
 風呂上がりだし冷えた飲み物の方がすっきりするだろう。部屋も十分暖まっているからお腹も早々冷えないだろうし。

「室ちんこれ開けてもいーい?」
「良いよ。好きなの開けなよ」

 待ってましたとばかりに嬉しそうに綺麗に包装された菓子箱を開け始める。びりびりと遠慮無しに包装紙を破り始める姿に苦笑する。

「おいしそー!」
「それ東京駅で期間限定ってなってたんだ。こっちは関東限定のまいう棒だね」
「やったねー!」
「これとこれは生だからこっちから食べた方が良いな」

 大きなサイズのよりは色々なタイプが合った方が敦は喜ぶだろうと小袋の菓子を多く購入した。 生菓子もいくつかあるのでそちらを先に食べた方が良いだろう。
 カップにお茶を注いでサイドボードに置いた。
 敦は既に生チョコを頬張り始めていた。

「お茶、ここに置いておくよ」
「うん。これすっげー美味しいよ、室ちん」
「それは良かった」

 敦が喜んでくれたのなら本望だ。
 自分のベッドに腰掛けて冷えたお茶を啜る。風呂上がりの火照った体を冷ましてくれるそれにほっと一息付いた。

「室ちんも食べなよ」
「俺は良いよ。敦のために買ってきたんだから敦が全部食べて良いんだよ」

 嬉しそうに食べる敦を見ているだけで買ってきて良かったなと思えてくる。荷物は重くなったけれどそんなの帳消しだ。

「えーこんなに美味しいんだから室ちんも一緒に食べようよー」

 口をもごもごさせながらチョコレートの入った箱を差し出してきた。

「わかったよ。一つ貰うな」

 箱に手を伸ばしてチョコを一つ取って口にする。すぐに口の中で溶けだした。濃いが甘過ぎず値段に見合った上品な味が広がる。

「うまいな、このチョコ」
「でしょー。室ちんお菓子選ぶの上手いね」
「そうか?」

 たまにはお茶も飲むようカップを勧めると素直に受け取った。
美味しい美味しいとあっと言う間に一箱食べ終わった敦は側に置いてあるまた別の菓子箱に手を伸ばした。

「敦一度に食べないでまた後でにしなよ」

 もったいないだろ?と言うとんーと首を傾げて考えた後、そうだねと頷いた。

「明日もあるもんねー」
「そうだな。明日も明後日のもあるからな」

 食べ終えた箱はゴミ箱に、まだの物は紙袋に戻した。生菓子は要冷蔵だったなと、冷蔵庫へ入れる。
 戻ると敦は散らかした包装紙を片付けていた。関心関心と頷いて今日はもう寝ようかと声を掛けた。

「そうだねーなんか俺今日は疲れちゃった」
「いつもより早いけど疲れてるのなら早めに寝るのが得策だな」

 敦と同じように疲労からか体がいつもより重く感じられた。雪道を歩ったのが原因だろう。
 カップに残っていたお茶を飲み干して、これは明日片付けるかと再度戻した。

「ねぇ室ちん、一緒に寝てもいーい?」

 携帯電話を枕元の充電器にセットしていると背後から甘えた声で敦が問いかけてくる。
 いつもなら甘いお誘いかと喜び勇んでOKを出すところだけれど、今日は敦も疲れたと言っていた。さすがにその気にはなれなかった。

「寝るのはもちろん構わないけど俺も敦も疲れてるし、今日はやれないぞ?」

残念だがこんな日もあるさと、苦笑いした。

「そ、そういうんじゃなくて・・・一緒に寝たいだけなんだけど・・・」

 下を向いてぼそぼそ呟く敦を見て、ああこれはただ甘えたいだけなのだなと理解して俯いている敦の頭を撫でてやった。

「分かったよ。一緒に寝ような」
「うん!」

 心底嬉しそうな敦をベッドに招き入れて一声掛けてから消灯した。

「今日はどうしたんだ敦は。甘えん坊さんだな」
「そっかな・・・」
「いつもより、な」

 向かい合うようにベッドに横になり、敦が寒くないように顎の下辺りまで毛布を引き上げた。

「あのね・・・」
「うん」
「なんとなく、室ちんこのまま帰ってこなくなるんじゃないかなって思ったの」
「どうして?」
「わかんない。なんとなく思っただけだからー」
「そっか・・・」

 ぽそぽそ小声で話す敦に毛布から出した左手を伸ばして、さらりとした髪を梳くように撫でる。
 なにが敦にそうさせたのかは分からなかった。

「それで敦はずっと駅で俺が帰ってくるの待っていたのか」
「うん。寒かったけど、室ちん帰ってくるまでずっと待ってようって・・・」
「俺がもし帰って来なかったらどうするつもりだったんだ?」
「・・・わかんない」

 そこまで考えてなかった。そこまで言って敦はすり寄ってきた。

「不安だったのか?」
「・・・うん」
「そっか・・・。ごめんな、今度からはもっとちゃんと連絡するから」
「うん」
「でもちゃんと帰ってきただろ?」
「うん」

 ここは一時的な仮宿のような場所だ。後一年程度しか寝泊まりしない。自分が高校を卒業した後にこの部屋に誰も入ってこなければ敦は一人きりとなるだろう。
 とたんに胸が締め付けられるような痛みが走る。衝動的に敦をぎゅうっと抱きしめていた。
 切ない。

「室ちん苦しいんだけど」
「うん、そうだな。なぁ敦今度の休みに一緒に出掛けようか」
「なぁに急に」

 胸元から顔を上げた敦の前髪をかき分けると額に口付けた。

「それでマフラーと帽子買おうな、敦のさ」
「俺の?」
「そう、敦の」
「俺マフラーあるし」
「良いんだよ。俺が買ってあげたいんだ」

 そのまま瞼にも唇を落とす。

「じゃあね、室ちんとお揃いのが良いなー」
「わかった」

 肉厚な敦の上唇を啄むと、擽ったそうに首を竦める。嫌がる素振りを見せないので、体制を変えて敦の上にのし掛かった。

「今日はやらないんじゃなかったのー?」
「しないよ。キスだけな」

 小さく頷いて瞳を閉じた敦の頬に手を添えて幾度か音を立てて吸うように口付けた。そうしている内に僅かに隙間が空いたので、深く唇を合わせて下を差し込んだ。

「ん・・・」

 僅かに身じろぐ敦を慰めるように再び髪を梳いた。
 舌を絡めて好き勝手に口腔を堪能し、そろそろ敦が息苦しくなってくるだろう頃合いを見計らって口付けを解いた。

「はぁ・・・」

 口の垂れた唾液をぺろりと舐める。さっき食べていたチョコの味が微かにして甘い。
 呼気を整えている敦の目元にも口付けて、上から退けると横になる。ずれてしまった毛布を掛け直した。

「敦・・・」
「んー?」
「キスももっといっぱいしような」
「うん」
「エッチもな」
「・・・う、うん」

 目元をほんのり赤らめる敦がたまらく可愛らしい。
 時間は限られているけれど、不安が少しでもなくなるようめいいっぱい甘やかしてあげよう。

「もう寝よっか」
「そうだねー」
「おやすみ、敦」
「室ちんもおやすみー」

 敦はすぐに寝息を立て始めた。余程疲れていたのだろう。
 明日はのんびり起きて昼頃から出掛けようか。昼食もたまには外で食べよう。
 どんなマフラーが敦には似合うかなと、寝顔を眺めて考えながらふっと眠りに落ちた。



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