|
忘れ傘
休日を利用して火神は黒子を伴ない電車で数駅先にあるデパートへと来ていた。目的はデパート内にあるスポーツ用品店だ。現在セール期間中で、そろそろ靴底が擦り減ってきたバスケットシューズを買い替えるのには良い機会だった。
目的の品も定価よりかなり安く購入する事ができて、満足している。
「黒子、この後どうする?」
「そうですね…」
時間にも余裕があるし折角黒子と二人で出掛けているのに、このまま別れて帰ってしまうのは忍びない。
他にこれといって欲しい物などはないが、そこらをただブラブラするのも悪くないし、黒子に付き合ってどこかへ行くのも悪くはない。
エスカレーターで下の階へと降りると、多目的ホールで何かのセールを催している最中のようでゴチャゴチャと商品とそれを見ている人でごった返していた。
「電車やバスの中での忘れ物を売っているみたいですね」
確かに脇に掲げられているのぼりには、激安!忘れ物展!と書いてある。
「へぇーこんなのやってんだな」
アメリカでは見掛けた事がなかった。物珍しさにあちこち見て回る。
たいして広くもないスペースに所狭しとあれこれ物が積んであった。
傘や鞄、タオル類が特に多い。激安と銘打っているだけあってどれも定価の一割程度しかないような値段だ。
「まぁ元は引き取り手のない忘れ物ですからね。ただ処分してしまうよりはマシだと思いますよ」
「まぁな」
中古と似たような物になるのだろうか。まだどれも綺麗だし真新しい商品もある。問題なく使用出来るだろう。
ふとなにか目に付いた品物でも合ったのか、黒子が傘のコーナーの前で足を止めた。
「なんか気になるもんでも合ったか?」
「ああ、いえ…この傘なんですが…」
黒子が手に取ったのは藍色の模様もないシンプルな傘だった。以前の持ち主は丁寧に使用していたのか持ち手の部分には傷一つない。
「前に電車の中に忘れてしまった傘と似ているなと思いまして」
「なにやってんだ、お前は…」
呆れながらも、黒子でも電車内に所有物を忘れることもあるんだなと感心する。
「ちょっと考え事をしていて、電車を降りた際には気付かなかったんですよ。傘を思い出したのは家に帰ってからでした」
「いつだよ、それ」
「去年の梅雨のあたりでしたよ、多分」
「梅雨の真っただ中にやらかしたのかよ」
買い替えてから間もなくで、まだこの傘みたいに綺麗な状態だった。色も含めて気に入っていたので、正直かなりがっかりした。
結局それからは自宅にあった使い古しの色あせた傘のお世話になっていた。
ちょっとばかり小さな穴が空いていたり骨の部分に錆があったりと、なんとなく自分にお似合いの傘だなと差すたびに思っていた。
また反発するように土砂降りの中その傘も差さずに、濡れ鼠になって帰った日も何度もあった。
「それ買ってやるよ」
「え?」
「だから買ってやるつってんだろ。ほら寄こせ」
「ちょっちょっと火神君」
黒子の手の中にあった傘を有無を言わせず奪い取ると、コーナー脇に設置されているレジに持て行って会計を済ませてしまう。
「ほら」
会計を終えた火神は黒子に差し出すが、困ったような表情で受け取ろうとしない。焦れて胸元に押し付けてやった。
「あの…」
「気に入ってたやつだったんだろ?」
「それはまぁ…それなりに」
「だったら良いだろ、持っとけ」
黒子は自分の手の中にある傘を改めて眺めた。なくした傘と本当によく似ている。
「あ、お金」
払いますからと、バックから財布を取り出した。
「たいした値段でもなかったし、いらねーよ」
でもとなかなか食い下がらない黒子の頭にポンと手を乗せる。
「いいっての。今度はなくすなよ、ちゃんと持ってろ。ぶっ壊れるまで使ってやれ」
まだ渋っていたが、無視して行くぞと先に歩き出した。慌てて黒子が追ってくる。
「じゃあ…頂きます。ありがとう…ございました」
「おう」
今度は絶対なくさない。使えなくなっても捨てずに大事に取っておこう。
そう誓って傘をぎゅっと強く握り直した。
「そいつもお前に似たんだな」
ペットじゃなくて物だけどな。
そう言われればそんな気もしてくる。気付かれずに忘れ去られて置いてきぼりを食らった挙句、中古品となり売り出されたのに売れ残っていた。
「でも火神君が見付けてくれましたよ」
「どっか行っても絶対見付けてひっ捕まえてやるよ」
にぃ、と火神は笑みを浮かべた。
「はい。よろしくお願いします」
「そろそろ腹空かねぇ?なんか食おうぜ」
「そうですね。どこで食べますか?」
「マジバでいいよマジバで」
『見付けてくれてありがとうございます』
上機嫌で一歩先を歩く火神に向かって、口には出さずに隣を歩く火神に礼を告げた。
|