じゃらし


 白く丸い形をした毛玉。見ているだけで和んでくる不思議な物体のそれ。
 仕事があるからと足早に帰っていった黄瀬や、腹が減ったとさっさと荷物を纏めて帰っいった青峰達。緑間と黒子が最期となってしまっていた。
 足元に置いた自分のカバンへとシャツ等をしまうため屈みこんだ拍子に、隣でもくもくと着替えていた緑間のカバンが視界に入った。別に意図して見た訳ではないのだが。

「なんなのだよ、黒子。人のカバンをじっと見て。何か付いているか?」
「あスミマセン。なんとなくコレが気になってしまって」

 これと指差したのは、端からちょっと頭を覗かせている白い物体。

「ああこれか。これは今日のラッキーアイテムの猫じゃらしだな」

 ホームセンターのペット用品コーナーで確かに見掛けた覚えがある。色々な種類のが、お好きなのをどれでもどうぞと言わんばかりに容器に挿してあった。

「猫飼ってましたっけ?」
「我が家では何も飼っていない。しいて言うなら観葉植物くらいだな」

 生き物ではあるが、何か違う気がする。因みにその内のいくつかは見たことがある。無論ラッキーアイテムとしてだが。

「抜かりのないよう、用意してあるのだよ」

 当然だろうと言われても、生憎賛辞を送る気は起きてこなかった。自慢されても正直困る。
 緑間はカバンのチャックを開けると猫じゃらしを取り出した。細いプラスチック製の持ち手が付いていて、植物の猫じゃらしに似せた形ではなく、丸く白い毛玉タイプだ。

「ほら」
「え

 ほらと、目の前に差し出されても困る。どうしろというのか。
 困惑する黒子を他所に、調度黒子の目線の高さに合わせると緑間はそれをゆらゆらと揺らし始めた。

 ゆらゆら、ゆらゆら。

 思わず目が追ってしまう。催眠術にでも掛かったかのようだ。なんだか手がうずうずしてきたのは、気のせいだろうか。あ、と思ったときには無意識か反射的に手を出してしまっていた。
 ぽふ、と掌に当たった猫じゃらしは思っていたよりも柔らかくて毛も細かく、なんとも気持ちが良い。もう片手も添えて包み込むようにしてみた。

「気に入ったのなら、やるのだよ」

 ふっと頭上で笑った気配に気が付いて、バッと顔を上げて猫じゃらしから手を離した。
 夢中になっていたことに気が付いてしまうと、しまったと何をしているのだ自分はと、顔が熱くなっていくのが分かった。

「い、いいです!」

 何をしているのだ、自分は。これではまるで、

「まるで猫のようだな」

 いつものように理屈を並べての反論が出来なくて、うぅっと情けなくも唸りながら俯く。火照った顔は冷める気配がしない。
 そんな黒子の手と取ると、緑間はゆらしていた猫じゃらしを握らせる。

「だから、いりませんてば!」

 別に猫を飼っているわけでもないのに、コレをどうしろと言うのか。緑間のように、おは朝占いのラッキーアイテムとして活用とろとでも。

「気にするな。まだ他にも猫じゃらしはあるのだよ」
「そんなにあってどうするんですか

 がっくりと力が抜ける。

「それに勉強の合間にでもこうやって揺らしていれば、気休めや和みにもなるだろう」
「はあ

 黒子は握らされたそれを自分でもゆらしてみる。確かに何となく和んでくる気もする。じゃれたいとはまた違って。そもそも人間なのだから、何かにじゃれたくなる性分は早々沸いてこないだろうが。

「そんなものでも気休めになるのなら、安いものなのだよ」
「じゃあ貰っておきます」

 ありがとうございますと、揺らすのを止めて黒子は自分のカバンに猫じゃらしを仕舞いこんだ。
 それを見やって緑間は荷物まとめ、忘れ物が無いことをチェックしてロッカーを閉めた。
 

「ほら何をしている。帰るぞ」
「あ、はい」

 カバンを肩に掛けると一足先にロッカールームを出た緑間を追う。

「緑間君、僕やってることが猫みたいに見えましたか?」
「ん?お望みとあらば、耳と尻尾と鈴付のリボンも用意するが?」
「結構です!そんなにやりたければ自分でどうぞ」
「それは残念だな。案外似合うと思うのだがな」
「そんなの似合っても嬉しくありません」

 何をやらせるつもりなのかと、隣で憤慨する黒子を見ながらこれは見っけ物だと顔がにやけてくるのを、抑えつけた。
 猫耳と尻尾と鈴付リボン、色はやはり黒だろう。セットで付いていればなお宜しい。なくても黒子の目の前で猫じゃらしを揺らしてやれば良い。あまり頻繁にやると慣れてきてしまうだろうか。

「何ニヤ付いてるんです」

 抑えていたのに、漏れてしまっていたようだ。

「口元が緩んでます」
「別にお前に勉強疲れの際に和ませてもらおうか等と、思っていないのだよ」
「言ってるじゃないですか!」

 きっと目前で猫じゃらしを揺らされて、何してるんですかと怒る顔もさぞかし愛らしいに違いない。
 末期だなとしみじみ思う、緑間14歳の春だった。


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