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窓辺に一つ植木鉢
「黒子っち、黒子っちは花は何が好きっスか?」
「花…ですか?」
唐突に何を言い出すのやらと思ったが、彼が唐突なのはいつものことだとも思う。
見やればニコニコと人懐こい顔をして自分の顔を覗き込んできている。
そう言えば今日は理科の授業の内容が、植物に関する内容だった。クラスは違えど授業内容は変わらないから、それでそこから出てきた話なのかもしれない。
「そうですね。僕はやはり桜が好きですね。梅や菖蒲も良いですね」
「そっかあ〜じゃあじゃあ春になったらお花見に行かないっスか?」
良いトコ知ってるんスよ〜。と言われても
「春はまだ随分先ですよ」
今はまだ冬の入り口、11月半ばだ。年が明けるのすら一ヶ月以上先だというのに気の早い人だ。
「良いんス!今から予約入れとくんだから」
「はあ…」
考えてみると最期に花見らしい花見をしたのは何年も前のような気がする。まだ小学校低学年の頃、家族で行ったのが最期だろうか。
そもそもわざわざ花見と銘打たなくとも、花咲き乱れる公園等を散策するだけでも十分に満たされる。片隅に設置してあるベンチに座っての読書なんてとても贅沢に思えてくる。
「そう言う黄瀬君は何が好きなんですか?」
「え〜俺っスか。やっぱ薔薇とかどうスかね?」
何が好きかと聞いたのに、どうかと聞かれても困るし話の内容からがずれているような…。薔薇よりも自分としては、
「黄瀬君は何となくチューリップっぽいです」
曲線を描き、可愛らしくも気品に溢れ堂々と太陽に向かって咲き誇るあの姿は黄瀬を思い浮かべてしまう。
「チューリップっスか」
「薔薇はもうちょっと大人になってからの方が似合うと思いますよ。ホントに薔薇が一番好きなんですか?」
二十代となり、成熟した男となった彼ならばきっと似合うと思う。薔薇の花束を持った姿はまさに絵に描いたような貴族か王子様だ。
しかしそのどちらになったとしても、やっぱりチューリップだなと。
「えええ〜!似合うだなんて、そんな黒子っちってば!」
「客観的に想像して、ですよ」
じゃあじゃあ、その頃になったら花束持ってプロポーズに行くっスから、惚れ直してね。とか、何言ってるんですか冗談も程々にと適当に流しながらの話をしたのが、つい一週間程前のこと。
「何ですか、コレ」
「何ってチューリップの球根スよ」
流石に見ればそれは分かる。
部活が終わった帰り際、一緒に帰ろうと言う黄瀬と二人並んで今日の授業はああだの、緑間と青峰がどうだのと取り留めない話をしながら夜道を歩いていた。今日はこの時期にしては比較的気温も高く、部活後の火照り気味の体には調度良い位だ。
と、あっ忘れるトコだった!と何を思い出したのやら肩から提げたカバンのチャックを開けてゴソゴソと漁りだした。
取り出したのは赤と白のチェック柄の小さな紙袋。しっかりと留められていたセロハンテープを剥がして傾けると、黄瀬の手のひらへコロリと球根が二つ。
「これ、買ったんですか」
「うん!調度今の時期が植え時みたいで、花屋の店先に出てたんスよ〜。でこの前黒子っちと した話を思い出して、思わず買っちゃった♪」
はあ…と気のない返事をしながら彼の手の上の球根を見る。確かに話はしたが、それで何 故こうなるのか。
「こればら売りで、色んな種類のが混じってる中から選んだから、実際咲いてみないとどんなのだか分からないんだって」
「ああ…そう言う売り方をしているのは見掛けますね」
ホームセンターの一角のコーナーで見た記憶はある。興味がないので足を止める事はなかったけれども。
「だから、ハイ!黒子っち好きな方選んでっス」
「じゃあこちらを」
「なら俺はこっちスね。どんなの咲くか楽しみっス!咲いたら教えね、見に行くから」
あ、勿論俺のが咲いた時にも見にきてね!ってつまりはこれを持って帰って、植えろと言うことか。なんでこう、飛躍するのやら。
これ一つを植えるようなサイズの植木鉢が、はたして我が家にあっただろうか。プランターが空いていたような、曖昧な記憶しかない。庭は母の領域と化しているので、ただ眺めているだけなのだ。植木鉢が空いているかどうかなんて分からなかったが、あのサイズのプランターにこれ一つは無い気がする。これに見合った鉢があれば良いのだが。
「急にまたどうしたんですか?園芸に興味があるような話は聞いたことがありませんが」
何か植物を一から育てる技術と知識は、自分にも彼にも恐らくまともには無いのでは。精々小学生の頃に授業の一環で育てた向日葵や朝顔程度だろう。
咲くのだろうか、このチューリップは。母にまかせてしまおうか。
「ん〜なんとなくっスよ」
ちょっと無責任な気もする。芽すら出なかったらどうするのか。
「なんとなく、これが咲いたときに見る度に俺の事を思い出して欲しいな〜なんて」
「仕事とかで部活とか学校に来ないような日もあるじゃないスか」
「それはまぁ、君がモデル業を続けている限りあるでしょうね」
今だってあるのだから、それはそうだろう。
「だから、何か嫌な事とかあって黒子っちが落ち込んでたりしても傍にいてあげられないかもしれないじゃないスか。そんな時にこれが咲いてて、それを見て黒子っちが少しでも元気だしてくれたらな〜なんて思ったんスよ」
「黄瀬君…」
「少しでも、こう、暖かい気持ちになったり癒されたりしたら良いかなって」
俺のも咲いたらきっとそう思えるんじゃないかなぁって。いつでも近くで見守ってるよ。いつだって味方だよ。な〜んて。
君にそこまで言ってもらえるほどの価値が、はたしてあるのだろうか。何言ってるんですかと苦笑しながらも、嬉しいと感じていることも自覚した。ほんのりと暖かくてどこか切ない気持ちが宿ってくる。これがなんだか分かる気もするが、伝えるべきではないと心の片隅にそっと置いておく。
「ありがとう…ございます」
「頑張って育てるっスよ!」
あれから二年の月日が流れた。
自室の窓辺の、良く陽の当たるその場所にちょこんと鎮座している植木鉢。図書室で、いつもは足と止める事無く通り過ぎる動植物のコーナーから借りてきた園芸の本と母からも教えて貰いながら植えた球根は、翌年の春、ちゃんと芽をだしてくれた。咲いてみれば、可愛らしい黄色いチューリップだった。
まさに彼のあのサラサラとした髪を思い出させるに相応しい色合いの。
今年もまた、無事芽吹き蕾を付けている。あと数日もすれば花開く。
「黄瀬君のは、どうなっているのでしょうね」
もう数ヶ月会っていないし、声も聞いていなかった。自ら彼らから離れた。誰に告げる事もなく今の高校へと進学した。裏切りだと取られても仕方がない。
なのにこうして、未だに世話をしているなんて知れたら失笑されるだろうか。
この花には罪なんて何一つ無い。未練がましくても、鉢ごと割捨てるのは流石に出来なかった。咲く権利がある。
彼がどこの高校へ進学したのかなんて知らない。でもきっと花のような笑顔を振り撒いて、元気にやっているだろうと勝手に思っている。
「僕は大丈夫」
蕾をそっと一撫でる。
花を通して君を想う。
花言葉の通りになってしまったけれど、君を想った心はちゃんと受け止め認めよう。
前を向いて進むためにも。
「僕も元気にやっていますよ、黄瀬君」
黄色のチューリップ。花言葉は正直、名声、実らない恋、望みのない恋
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