「引」
『おや坊ちゃんお出掛けですか?』
久々にね。今度は北の方へ行ってみようと思う。
『北ですか。ではデュナンの方へ?』
いや、グラスランドだよ。話に聞いた事しかなかったからね。
『グラスランド・・・随分と遠いですね。』
少し長くなるよ。
『分りました。くれぐれも道中お気をつけて。』
大丈夫だよ。家の事は任せたよ。
『もちろんです。このグレミオにお任せ下さいな。』
ああ、たのんだよ。
『行ってらっしゃい、坊ちゃん』
単調なリズムを刻む荷馬車の音が耳に心地よい。
グラスランドへと旅立ってからもう何日経っただろう。ラダトから出発してサウスウィンドには寄らずに、クスクスからレイクウェストへ定期船で直行した。街道を通り、ティント地方へ入ったのはつい先日の事。虎口の村でクロムへ向かうという荷馬車の荷台に乗せて貰った。今は調度その上にいるところ。
クロムで一泊して、翌朝一番の渡し船でグラスランドへ入る予定だ。
順調な旅だった。
ハイランドとの戦争が終わり落ち着き始めた街。戦で幾千もの血が流れた大地には、既に若草が芽吹き始めている。新たなる時代の始まりと共に。
クロムに到着したのは、その日の夕方だった。荷馬車に乗せてくれた商人が、有り難いことに宿屋の場所まで教えてくれたお陰で直に見つかった。手続きを簡単にすませ、渡された部屋の鍵の番号を頼りに部屋を探す。見渡しの良い2階の端の部屋に荷物を置くと1階の食堂に向かい、空腹を満たす事にする。グレミオやユーリには劣るものの、なかなかの料理だ。
・・・ユーリ、か・・・。
食事をすませ部屋に戻ると、簡易に各部屋に設置してある風呂で軽く汗と汚れを落とした。疲れは多少は溜っていたが、眠気は襲ってこない。そんな状態ではとても寝る気にはならなかった。本当なら明日に備えてさっさと寝るべきなのだろう。そんな事は経験上身をもって解っていること。
窓辺にイスを運んできて座り、月明かりにうっすらと照らされた外を眺める。
食事をしながらふと頭を掠めた人物。
ユーリは・・・どうしてるのだろう。
戦いの全てが終わった後、ジョウイとナナミと一緒に瞬きの鏡を返しに来た。3人共歴史の重みから解放された表情。
これからはのんびりと目的地の無い旅に出ると言っていた。もう何からも束縛されることは無い。自由に。風の示す方向へ。
僕もいつか束縛される事がなくなるのだろうか。我が身に宿りしソウルイーターに。
時に恨み、時に妬み、時に有り難く思う。
正直羨ましかった。ジョウイとユーリが・・・。
2人の様に解放されてみたい・・・。
でも、そんな事は叶うはずがない、ただの夢話。
―朝?昨日の夜どうしたっけ。
あの後は・・・ああ、寒くなっちゃって寝たんだっけ。
身支度を整え、荷物を持って食堂へ向かう。朝食は軽くすませてしまおう。
他の人々の会話に耳を傾けながら、出された物をもくもくと食べる。
『元マチルダの赤騎士団長が、故郷のグラスランドへ帰っていったとさ。やっとこデュナン戦争が治まったてのにな。ま、ハルモニアからの侵攻が近頃活発化してるし、なんだかんだ言っても故郷は故郷だしな。しかし落ち着く暇もないな、全く。ご苦労なことだ・・・』
『ああ、その話は聞いたよ。なんでもその後を追って青騎士団長の方も追っかけてきたとか。赤騎士団長より1週間遅れでグラスランドに入ったんだろ。追い付くと良いがねぇ』
カミューとマイクロトフか。よく2人でいるとこ見たな。
フリックとビクトールみたいになるのかな。なんだかんだ言って結局また一緒に旅に出たって事だしね。死ぬときまで一緒だったりして。
食器を片付け宿を出て、船着き場へ向かう。運良く出発時刻にぴったりだった。僕も合わせて5人か。商人が多いな。交易かなぁ。
それにしても大きな川だ。雪解け水で増水してるけど、とても綺麗だ。・・・冷たそう・・・。ってもう着いたんだ。思ったよりも時間掛からなかったな。
船頭さんの話だと一番近い村まで約半日。夕暮れまでには着くね。のんびりと行くか。
ふと後ろを振り替える。
解け始めたばかりの雪。どこまでも続く山並み。青く澄み渡った空と白い雲。まだ冷たい風が頬を撫でる。
何か見えない糸に引かれる様にこの地へ来た。戦の予感?新たなる出会いの予感?運命か何か?
何故この地へ来たのかな。ああ、解らないから来たのかな?
それが解るとも限らないのにね。
―何に出会う? 何を感じる?―
解決するのはきっと遠くない未来。
Fin.