| Warren De Martini(ウォーレン・デ・マルティーニ) |
| 80年代、L.A.メタルの象徴でもあったラットのウォーレン・デ・マルティーニは、1963年4月10日、5人兄弟の末っ子としてシカゴに生れる。ロックとの出会いは6歳の頃だった。兄達の影響でザ・フー、ジミ・ヘンドリックス、クリーム等を聴くうちにロックサウンドを受け入れるようになった彼は、15歳の時にヴァン・へイレンの登場によってショックを受ける。彼らのデビュー作品『炎の導火線』から流れるサウンド、そしてエディー・ヴァン・ヘイレンのギタープレイに何とも言えぬ感動を覚えてしまった彼は、それをキッカケにしてギターに取り組むようになり、エディー以外にもマイケル・シェンカー、バッド・カンパニー時代のミック・ラルフスなど、いわゆるブルースロックタイプのギタリストから影響を受けている。L.A.移住後、ラットへ参加したのは80年初頭だが、彼らはまず地元ロサンゼルスのタイムコーストレコードで6曲入りミニアルバム『RATT』を製作している。いわば受け具合いを探る意味合いが強い作品だったが、これがアメリカ、そしてイギリスでも好セールスを記録。イギリスのメタル専門誌“KERRANG !”では、3週連続3位をキープし、その年の年間アルバムチャートでも8位にランクされている。そして83年後半には、将来を有望視された“大物バンド”としてレコード会社の注目を集め、各社の激しい争奪戦の末、アトランティックと契約。翌年4月に『欲情の炎』でデビューを果たすが、シングルカットされた『ROUND AND ROUND』のヒットも手伝い、このデビューアルバムでいきなりのプラチナムを獲得してしまう。ハイテンポの曲あり、スローテンポの曲あり、へヴィーな曲もソフトな曲もバランス良く配分されているというアルバム作りは、長年音楽界に定着している“常識”だったが、ラットの場合は違った。ほぼミドルテンポのへヴィーサウンドで押し切るという、これまでの常識を覆した戦略は、明らかに“確実に売れる層をターゲットにした”ものだったが、それが見事に当たり、彼らは1枚のアルバムで一躍ヘヴィーロック界の頂点に君臨することになった。この作品で紹介されたウォーレンのギタープレイも、多くのファンをつかむ事になる。タッピングを始めとする特殊な奏法がギターフリークの関心事だったこの時代、彼のプレイは、当時“古臭い”とされがちだったブルースのフィーリングがベースになっていた。にも関わらず、多くの支持を受けた要因は、ストレッチフィンガリングや絶妙なタイミングで演出したスリリングな間合いと言えるだろう。その後、ペンタトニックというロックギター奏法においてはあまりにも当たり前のスケールを使いながら、あれだけの“新しさ”を感じさせた彼のプレイに対しては「新感覚」という形容がされたが、バンド同様ウォーレンもまた、ギタリスト界の頂点を極めたのである。 |
| - Guitars - Grover Jackson / Performance Custom Model |